10.5
久しぶりに顔を出した家には、知らない女の人がいた。
あれ?ばーちゃんは?
聞くと、じーちゃんのところに行ったと言う。
……そうか、じーちゃんのところに行ったのか。
ばーちゃんの代わりに、あいつらの世話をしてくれる事になったという人は、コハルさんといった。
コハルさんは、俺たちがすむ大陸とは違う国から来たと言う。
なるほど。
今まで食べた事のないめちゃくちゃ美味い飯や、温泉という湯に入る習慣や、そこにある液体の石鹸類、どれもこれも初めて見る物や珍しい物ばかりだ。
コハルさんの住んでいた国は、ずいぶん文化が進んでいるとわかった。
何よりそれを感じたのは、精製された塩とコショウだ。
たぶんそうとう純度が高いだろうとは思っていたけど、預かった翌日、商業者ギルドに持って行くと、当たっていた事が証明された。
塩が百グラム金貨二枚!
コショウは一グラム金貨一枚!!
見た事もない大金を持って、家につくまでは緊張でガチガチだった。
コハルさんは不思議な人だ。
食卓の上に撒かれた金貨を見て少しだけ驚いたものの、すぐに平常に戻った。
金貨百二十枚だぜ?!何故そんなに平気でいられるんだ?
見慣れてるのか?国ではお姫様だったのか?!
バカみたいに衝撃を受けている俺に、コハルさんはあっさりと、金貨十二枚を差し出した。
仲介料……。
確かに昨日そう言った。
口約束だけど、商売上の契約といえば契約で……。
昨日の時点で、あの塩とコショウは高価な物だとわかっていた。
わかっていたけど、これ程とは思っていなかった。
金貨十二枚の仲介料……。
何ともいえない思いでいっぱいになる。
噛みしめた唇や、握りしめた手の平に、血がにじむような悔しさばかりだった。
苦労なんてみんなしてるさ。生きていれば当たり前だ。
だけどやっぱり、俺たちみたいな後ろ盾のない者は、比べようもない不条理ばかりだ。
怒りや悔しさを力に変えて耐えてきた十年。
その十年で貯めた金の半分以上が、たった一日で、楽に手に入った。
この思いを。この気持ちを。
なんていっていいかわからない。
「ないところから利を生むのも商人の才覚ですよ」
優しい声が、心に入り込んできた。
「ないところから…、利を生む…」
言葉の意味を、ゆっくりと理解していく。
「そうです。物の売り買いだけが商売じゃないでしょ?形のないものの売り買いも商売だと思うんです」
「形のないもの…」
「はい」
コハルさんは笑顔で頷いた。
商人としての道しるべ。
理不尽な搾取や、暴利をむさぼるのではなく、相互で納得した取引は正当なものだ。
苦労してきた日々が、今これ程の高額取引ができる自分の経験だったと、コハルさんは力強く肯定してくれているようだった。
その笑顔を見て、言葉を聞いて。
やるせなかった気持ちが、晴れていった。
改めて、この不思議な人を見る。
よくある茶色の瞳は聡明な光を帯びている。話す言葉は丁寧で、身のこなしは優雅なくらいに見える。
この辺りでは見た事がないタイプだ。
コハルさんという人は、外見だけでいうならけして美人という訳ではではない。俺たちの顔より薄い印象をもつ。
だからといって不細工という訳でもない。持っている雰囲気と相まって優しい顔というんだろうか…。
こちらを否定しない、どんな事も受け入れてくれると思わせる懐の広さを感じる。
見た事はないけれど、女神様がいたらきっとこんな感じなんだろうと思われる、慈愛に満ちている。
そりゃあ子供らが懐くわ。
まぁ俺もすぐに警戒心がなくなったけど。
というか、まったく警戒しなかったかも。
商人として独り立ちを認められた俺は、一応それなりに目利きができる。
その俺の勘が、この人は大丈夫だと告げている。
何といっていいかわからない、あのくじけそうになった時の恩みたいなものも感じている。
恩は返すものだ。
今のところもらいっぱなしだけど。
恩を返すのは一生かけてもいいかな、なんて。
知り合ったばかりの人なのに、我ながらどうかしているかもしれない。