16 結婚式の奇跡
結婚式当日。
教会はヘインズ侯爵領の領都で邸から近いところにあった。
テナージャ系の領の教会は大抵側に森があり、晴れた日の結婚式は教会の裏手にある広場で行われる。
森に囲まれた広場の中心には、屋根のついた小さめの鐘塔が立っており、その下には祭壇が置いてあった。
教会の裏手の広い扉から祭壇に向かって赤い絨毯が敷いてあり、そこを花嫁が父親と共に歩いて来るのだ。その絨毯の両脇には参列者が椅子に座って花嫁を待ち構えている。
私はその扉の裏で、顔を青くして待機していた。
「シェリル様、お綺麗です」
「……ありがとう」
これは何回目の言葉だろう?
緊張をほぐそうと侍女達は私を褒めてくる。
今の私は一応主役。私ピッタリに誂えてくれたドレスは、私好みのAラインのウェディングドレスだ。メイクもいつもよりも厚いが若干元よりも美人になった気がする。……それでも侍女達には劣るけど。
それに、せっかくのウェディングドレスなのに、まるで戦闘服を纏っている気になる。……なぜなら扉の向こうからの圧が中にまで伝わって来るから。
すると、私のお父様であるイライアス・アストリー伯爵が私の元へとやって来た。
「シェリル! ……もうこんなに大きくなったんだな。綺麗だぞ。……急で済まなかった」
感慨深く私を見るお父様。ちょっと嬉しかったが、それよりも気になる事があった。
「いえ、過ぎた事です。……それよりお父様、外の様子……見ました?」
すると少し顔をしかめ、真面目な顔に変わる。
「……シェリル。戦争に行く様な気持ちで歩きなさい。心配は要らない。私もフィランダー卿もついている」
「……はい!」
若干不安は残ったが、私はお父様の腕に手を添えた。
カラーン、カラーンと鐘が鳴ると、ゆっくりと扉が開かれる。真っ青な空は結婚式日和とばかりに祝福してくれている様だ。
外で待っていた人々は一斉に私を見つめる。
私から見て右側がテナーキオ派の貴族。左側には中立のテナージャ派の貴族が座っている。
私とお父様が一歩一歩前へ進むと、周りの視線の大半が睨みだと気づいた。
主に中立のテナージャ派からそれを感じる。……若干テナーキオ派からも感じるけど。
私は「怯んではダメだ」としっかり前を向きフィランダーの元へと向かう。
そのフィランダーは私を見て、うっとりとした顔で見つめてくる。
「よくこの空気でその顔が出来るなぁ」と若干羨ましさを感じた。
ゆっくりとした歩みが止まり、お父様は私をフィランダーに差し出す。私はフィランダーの腕に手を添え、お父様は横へとはけた。
私とフィランダーは前へと進み、司祭に結婚宣誓書に名前を書く様促される。それぞれに用意されたものに私は「今の名前」と「新たな名前」を記入した。私とフィランダーは書き終わるとその紙を横で控えていた神官達に渡し、彼らが司祭の元へと持って行く。
すると司祭は二枚の結婚宣誓書に何かを書き入れたあと一つの封筒にしまい、祭壇に置いてあったロウソクの火に封蝋用のロウソクを近づけ火を貰い、蝋を落として教会の押し印を押す。これで神へ二人の結婚を報告したことになるらしい。
「これで神との契約が成された。新たな夫婦となった二人を祝福しよう」
司祭の言葉が終わり、私達は真ん中へと歩き司祭の前へ。私達はお互いに向き合って、キスをした。
その時だった。
空から水滴が落ちて来るのを感じ、フィランダーから離れて上を見ると、晴れているの空から小雨が降ってきた。
それに参列者は動揺した様子でざわついた。
「……どうしたの?」
私がいぶかしんでいると、フィランダーが私に囁いた。
「……精霊の祝福だ」
「え?」
すると今度は水滴は氷へと変わり、冷たいものがゆっくりと落ちてきた。
「これは?」
「雪だよ。知らない?」
「……初めて見た」
シランキオ人が雪を見る事は滅多にない。冬でさえ雪が降らない地域に住んでいるから。
そして雪がいつの間にか色とりどりの花びらに変わり、私達に降り注ぐ。「……こんな事あるの?」って事が目の前で起こっているので、さすがの私もこの状況が異常だという事を自覚した。そしてフィランダー側から風が吹き、私達の周りを一周してから花びらごと吹き去っていった。
それで終わりかと思ったら、参列者の一人が右側の森の奥へと指を指した。
「あ……あれは!?」
指差す方向を見ると、真っ白い魔獣と思われる鹿が居た。
「え……ま、魔獣?」
「安心して。結婚式の時にこちらに来ない魔獣は襲って来ない」
「あ! あっちにも!」
今度は左側の森の奥に、ツノまで真っ黒な鹿がこちらを見ている。
「な……何なの?」
「……あとで説明するよ」
すると今度は私達の真上を雷が走った。
「え……」
もう驚く事にも疲れてしまったが、周囲がざわついたので視線を下へ戻すと今度は祭壇に置いてあるロウソクの火が大きくなり、火の塊が空へと上がり四方八方へ破裂する。まるで空に花が咲いた様に。そして破裂した小さな火が私達に降り注いだ。
「え? あ……あぶな……」
「大丈夫。熱くないから」
フィランダーが言った通り熱くなく、いつの間にかその火は消えていた。
しばらく呆然としていると、一人の男が興奮した様子で叫んでいた。
「こ……これは! 久々の精霊の祝福です!! しかも全属性の!! これは奇跡です」
興奮した様子で叫んだのはジェレミーだった。
今日は結婚式の様子の取材を名目に堂々とメモをとっていた。
恐らくこの出来事も新聞にするのだろう。
そう思っていると、ジェレミーに賛同する様に司祭が声を上げた。
「これは……精霊の祝福でしょう!! 彼らはどうやら全ての属性の精霊に気に入られた様だ。これは近年稀に見る祝福です! いや……こんなのは記録にないほど素晴らしい祝福です。皆様、どうか大いなる拍手を!!」
司祭に促され、皆拍手を始める。……しかし中立のテナージャ派からの拍手はまばらだった。




