03 寒い冬
店長さんと男性店員さん、看板娘の三人がかりで割れた食器や溢れたスープなどを片付けていた。看板娘は時折私の顔をチラチラ見る。一瞬不機嫌そうな顔を向け、私と目が合いそうになると、すぐに俯いて手を動かす。
やっと片付けが終わり「すぐに食事をお持ちします」と店長が言うと、三人は奥へと入って行った。
それを見届けると、ビルは申し訳ないという顔を作る。
「ごめん、ホリー。以前はあんな娘、居なかったんだけど……」
「いつもの事だから」
私はもう怒るのを諦めた。こんな事でいちいち怒っていたら、身が持たない。
言っていた通り、すぐに店長自らパンとスープを持ってきた。
「お待たせいたしました。パンと肉野菜スープでございます」
「ありがとう」
私が言うと、店長は目を見開いて私を見た後、にっこりと笑ってくれた。
「ごゆっくり、お過ごしください」
恭しく礼をしてから店の奥へと戻って行った。
「ホリーは優しいね」
ビルは「もっと怒っていいんだよ」と言う顔でこちらを見つめる。
「そんな事より、早く食べたい」
「本当そうだ。食べよう」
パンは少し硬かったが、スープに浸せばちょうど良い塩梅だった。肉の旨味が出ていて、野菜の甘みも引き立つ。
「美味しい」
「良かった。気に入ってくれた?」
「うん。私好みの味です」
「だろうと思った」
「ビルも好きでしょ?」
「だからここにしたんだよ」
そんな事を話していたら、また看板娘が奥から出てきた。私達以外の食事を運んでいる様だ。そして懲りもせずにビルの事をチラ見する。
「……絶対ビルの事狙ってたよね。あの看板娘」
「困るよな。俺、ホリー一筋なのに」
「看板娘の方が、私より魅力的じゃない?」
看板娘を見ると、愛想よく笑って客対応をしていた。
可愛い顔、女性らしい体型、笑顔の華やかさ。どれを取っても私は負ける。
目をビルに戻すと、彼の眉間には深いシワが寄っていた。
「……どうしたの?」
「あの看板娘を見てもさ、全く魅力を感じない。やっぱりホリーが一番」
「そ……そう」
「自然体で俺と接してくれるところとか、普通の人と違って媚売る事もしない。態度はさっぱりしているのに、女性らしく可愛らしいものが好きなところも良い。……ちょっと嫉妬してる顔も、たまには良いな」
「もうそれ以上言わないで」
だんだん聞いてて恥ずかしくなってきたので、私は慌てて止めた。
すると、ビルが不意に私を真剣な眼差しで見る。
「な……何?」
「もしかして……また何か言われた?」
私はビルから視線を外すと、彼がいるところから圧が飛んできた。
「誰に何て言われた?」
ドスの効いた低い声で話すだけでも怖いのに、笑顔で言ってくるからさらに怖さが増している。
「い……いつも通り、不満をぶつけられただけ。……人気だからね、ビルは」
ビルの良いところは容姿だけではない。文武両道なところも皆に評価されている。なので女騎士は自分の婿にしようと躍起になり、上司は自分の息子にしたいと画策しているのだ。
「……まとめると、私じゃビルの隣に相応しくないってさ」
「……へぇ。誰が言ったか教えてくれるよね?」
こうなるとビルは厄介だ。私から聞き出そうとあらゆる手を使って来る。以前頑なに黙っていたら、突然抱きしめられ「話してくれるまで離さない」と言って本当に離してくれず困った事があった。
「大丈夫だから。……いつもの人達に言われただけ。私もまだまだだね。これくらいでしょげるなんて……」
「ホリーは全く悪くないじゃないか」
「悪いよ。……ビルの隣に立つくらいの器量を持ち合わせていないし」
「関係ない。俺はホリーが良いんだ。このままで良い。それより……無理しないで欲しい」
「無理は……ちょっとしないとダメかな。なんたって騎士団だし。私の場合配属先が良かったよね」
「ホリー……」
私の配属先は王室警護。この国の王女ジェネヴィーヴ様は、私の警護対象者だ。基本王族警護は優秀な人でないとなる事が出来ないとされているのだが、王妃や王女には女騎士が付く決まりとなっている。
女騎士の中で成績が良かった事と王女の面接に通った私は、たまたま王女付きの騎士となる事が出来た。
バディを組んでいる先輩女騎士のダーシーさんも既婚者なので、ビルに全く興味がなくむしろ私を応援してくれる数少ない味方だの一人。
「一人じゃないからね。何言われても平気だけど……ビルの顔見ると、たまに不安になる」
色んな劣等感にさいなまれる事も当然あるし、信じているからこそ、不安になる。
「……あまり溜め込み過ぎるなよ。不安になったら何回でも聞け。俺がホリーの良さを分からせてやる」
ガタ
「お……お待たせしました。レッドバイソンの鉄板焼きにございます」
今度は男性店員が運んできてくれたのだが、持ってくるタイミングが悪く転けそうになってしまった。しかし看板娘よりはベテランの様ですぐに態勢を整え、無事私達のテーブルの上にレッドバイソンが到着した。
お腹も満たされ外に出ると、入った時より寒さが増していた。
「コート買ってもらって良かった~」
「だろう? にしても、冷えるなぁ」
「ビル……くっついても、良い?」
「勿論」
私はビルの背中に手を回すと、ビルも私の背中に手を回してくっつきながら騎士団の寄宿舎がある王城へ向かう。
いつも通り王城に着く寸前で離れて門をくぐる。そして待ち合わせ場所だった生垣の陰に隠れてキスをした。これもいつものお決まり。
口を離すと、名残惜しそうにビルがつぶやく。
「次はいつになるだろうな……」
「今度は私がお店を見つけておくね」
「……楽しみにしてる」
「お任せください」
お互いに騎士なので、いつまたデートを出来るか分からない。互いに見つめ合ってから二人同時に背を向けた。
次に会えるのはいつになるだろう。
結局仕事でもすれ違いが続き、会えないまま二週間が経ってしまった。