07エリサとの出会い
「た、助かりましタァ!」
びしょ濡れの少女はそう言って頭を下げた。
「なに、当然のことをしたまでだよ。大丈夫だったか?」
と、俺はカッコつけた。やっと待望の美少女に会えたからだ。
「ハイ!」
溺れていた小さな女の子は、どうやら川で足を滑らせたらしい。
元気よく返事をする彼女の目はエメラルドのような青。肌は透き通るような白さで、髪は輝くような金髪。
うーむ。俺好みだ……。
「どうしました?」
「え? あ、ああ。すまない。翔一以外の人間に会うのは久々なんでな」
おっと、いけない。ジロジロ見すぎたか。
「お嬢ちゃん、名前は? この辺に住んでるのか?」翔一が聞いた。
「名前はエリサ=べステマンです。今はこの近くに住んでます」
「エリサ=べステマンだと!?」
俺の突然の大声に翔一はビクッと反射的に動いた。
「なっ、なんだ銀。知り合いか?」
「エリサって、やっぱりあの、『電気戦隊スパークマン』のヒロインのエリサか!?」
「ハイ! バレました? エヘヘ」
少女は照れ臭そうに視線を下げた。
「でんきせんたい? スパークマン? なんだそれ?」
「翔一、知らんのか? 人気アニメだぞ」
「そうか。あんまアニメは見ないんでな。それに出てた子か?」
「出てたっていうか、それを目指してつくったんです」
エリサは白い頬をピンクに染め、恥ずかしそうに笑う。
「そっかぁ。ある意味、コスプレみたいなこともできるんだな」
翔一はまじまじとエリサを見つめて言った。
「いや、それにしてはコスチュームがだな。やはりエリサはパイロットスーツでないと」
彼女も、俺たちとおなじ、白Tにジーパンという初期装備だった。
「こ、これはしょうがないじゃないですか~」
エリサはちょっとピンクの頬を膨らませた。
確かに、こんな状況だ。着るものに関して贅沢は言っていられない。
「すまん、すまん。とりあえず、家まで送るよ、エリサ」
そう言って俺は精一杯の爽やか笑顔を作った。
横で翔一が何か言いたげな顔をしているが気にしない。
「エリサ以外に何人くらいいるんだ?」
歩きながら翔一がエリサに聞いた。
「一人です。僕も人間に会ったのは初めてですよ!」
エリサは嬉しそうにニコッと笑った。カワイイ……。
「ん? 僕?」
だが俺はその違和感に咄嗟に反応した。
「あっ」
エリサはしまったとばかりに両手で口を覆った。
「「…………」」
「エリサたんは僕なんて言わない! お前、さては元男だな!?」
「い、いいじゃないですかぁ! 今は女ですよ!」
「良くないわ! せっかくのエリサたんなのに中身が男だなんてよぉ! がっかりだよ!」
「いやエリサの言う通りだろ。元が男だろうとなんだろうと今は今だろ? 俺だって元ヒョロガリだしな」と翔一がフォロー。
「へ~。えっと、翔一さん? でしたっけ?」
「ああ。そういや自己紹介がまだだったな。俺は中山翔一。こっちは名無し。髪が銀だから銀って呼んでる」
「よろしく」怒りは一旦引っ込めて、俺も改めて挨拶。
「よろしく~エリサ・オ・タ・クさん」
「はぁ?! オ、オタクはそっちだろうがぁ!」
「僕もそうだけどぉ。そっちもさっき言ってたよね? 『エリサたん』って」
「は!? い、言ってねぇし!」
「言ってたよね? 翔一」
「うむ。言ってたぞ」
「グッ!」
なんとかごまかそうとしたが、二人対一ではどうしようもない。
「そ、そうだよ! 悪いか!」
「悪くわねぇよ。お前も、エリサも。見た目、性別を自由にできるのが俺たちに与えられた特典なんだし。おかげで今は『なりたい自分』になれたんだからな。感謝しないと」
「そういう翔一は何に憧れて、その身体なんです?」
エリサは人差し指を顎にあて、小首をかしげた。男のくせに仕草がカワイイのが腹が立つ!
「俺はさっき言った通り、ヒョロガリで身体が弱いっていうコンプレックスがあってな。その反動でプロレスをはじめとした格闘技全般のオタクなんだ」
「なるほど~。それでそのマッチョボディなんですね」
「二人はアニオタってやつかい?」
「おっ、俺はどっちかっつーとゲームだな」
「へぇ? それは俺も初耳だわ」
「僕はお察しの通り、アニオタでしたよ。ゲームも好きでしたけど。銀は何やってたんですか?」
「俺はその、対戦ゲームだよ」
「つまり、エロゲーですか?」
「ちげぇよ! 何がつまりだよ!」
「じゃあどんなんだ?」と翔一。
「なんつーかなぁ。銃で撃ち合うっていうか……」
「へぇ~。FPSってやつですか?」
「そうそう! 何だ、エリサ、知ってるじゃねぇか」
「まぁ、やったことはないですけどねー。知ってはいますよ」
「まだまだ世間ではマイナーなジャンルだからさ。知っててくれて嬉しいぜ。エリサはどんなゲームやってたんだ?」
「僕は女の子と恋愛するゲームです」
「お前こそエロゲーじゃねぇか!」
「違います! 恋愛シミュレーションです!」
「一緒だろうが!」
「違いますよ! 純愛なんですよ! 純愛!」
「よくわからんが、落ち着け、二人共」俺たちのやり取りを翔一は呆れて眺めている。翔一からすれば同じオタク同士で何を争っているのか、という感じなのだろう。
「いや、これが落ち着いていられるか! だいたいなぁ、エリサたんの見た目で何、エロゲーやってくれてんだよ! オメェ何歳だよ!」
「18歳ですよ! みんな一緒でしょ!」
俺はその設定をすっかり忘れていた。エリサがいかに幼女のような見た目をしているからと言って、年齢は18歳なのだった。
「そういやそうだったな。そんな子供みたいな見た目にもできるんだな? 俺はマッチョにしか興味なかったから知らなかったよ」
「翔一は逆におっさんみたいですよねー」
「だよなぁ。つうか、ゴリラだよな。好きな見た目にできるってのに、わざわざゴリラにするなんざ、相当変わってるぜ」
「うるさい! 俺はこれがいいんだよ!」
「そうですよ~。人の嗜好にあれこれ言うのは良くないですよ~」
「ああ。すまん。それもそうだな」
「で、ここが僕んちです」
お喋りに夢中になっているうち、エリサの住まいに着いたらしい。
だが、彼女の指差す方向にあるのは、住まいと呼ぶにはちょっとはばかられる代物だった。