02始まりの密林
ドシン……ドシン……。
音と振動は遠ざかっていく。
「なんとかやりすごしたか…」
俺は身を隠した大木の陰で大きなため息を零した。ここにきて何度目の生命の危機だっただろうか。あんなデカくて凶暴な生物がいるなら先に言っておけよな!
俺が飛ばされたのは原生林。周りは20メートルを超す大木だらけ。木のおかげで日陰はあるが、とても暑い。地面は草やら根やらでとても歩きにくい。そして時々バケツをひっくり返したような大雨が振る。おそらくここは赤道付近の熱帯地方と思われる。
日本人は全員この世界に転生されたはずなのに、まだ誰にも会えていない。どうやらてんでバラバラの場所に飛ばされてしまったらしい。この星の大きさは地球とさして変わらないという話だったが、そこに日本人の18歳以上のみがバラバラに散らばったとするとなかなか出会わないのも無理からぬ話だ。
「なんで一箇所にまとめてくれねぇんだよ!」
俺は神に届けとばかりに天に向かって叫んだ。
人に会えないかわりに出会うのは、さっきみたいな危険生物だ。
最初に出会ったのは、全身真っ黒な毛で覆われた、体長3メートルはある巨体でゴリラみたいな見た目の生物。ゴリラと言えば丸太のように太い腕が特徴だが、そいつは足も丸太だった。そして顎には上下から数センチもある牙が突き出している。肉食獣丸出しの顔だ。
そいつに出会った時、俺はとっさに隠れた。人間に懐くタイプの動物には見えなかったからだ。なにせ、すでに仕留めたらしい大きな動物をむしゃむしゃ食っている最中だったのだ。
アレに見つかったらヤバい。本能が大音量で警告を発した。
なんとかソイツをやりすごしたら、次に出会ったのは中型の草食動物。四足歩行で首を短くした鹿っぽい見た目。10メートルほど先にいるソイツを見つけた時、すでにこちらの存在に気づいていたソイツは、こちらをジッと観察するかのように見ていたと思うと、トンッと飛ぶように跳ね、森の奥に姿を消した。
そのときはこちらも呆気にとられてしまったが、今思えば「あいつを捕まえておくんだった!」という気持ちである。
なぜなら、その後、食料の確保にとてつもない苦労をすることになったからだ。
砂漠や極寒地に飛ばされた同胞がいるのかもしれないと思うと、俺はまだラッキーなのかもしれない。
だが、サバイバルの知識など皆無である俺にとってはここも地獄だ。
草木は辺り一面にあれど、どれが食えるのか皆目検討がつかない。
下手なものを食えば死ぬかもしれない。食えそう、という見た目の草や木の実があればちょっとだけ舐め、異常がなさそうなら少しかじってみる。数時間様子を見て体調の変化を見極める。食べるのはそれからだ。運良く今のところ、死ぬような目にはあっていない。
だがそれだけではタンパク質が足りない。
小動物はいるものの、捕まえようにも道具もない。簡単なヤリ――ただの木の棒の先を鋭く削ったもの、を用意してみたが、本気で逃げる相手に当てるとなると、かなりの技量を要した。
そういえば、魔法があったはず、と思い出したのだが、どうやれば使えるのか? 説明が無かったよな!?
「ファイヤーボールゥ!! ……」
などと叫んでみたが、虚しく声が響いただけだった。
『あー、そうそう。魔法のこと言うの忘れてたね! ごめんごめん!』
うお! 何だよ! 急に頭の中で声出すんじゃねぇ!
『ああ~。ごめんごめん、びっくりした? 神だよー』
そりゃ、こんなことできんのはお前くらいだろ。んで、魔法がどうしたって?
『それなんだけどね、魔法が使えるようになるには、魔石を使って魔法を覚える必要があるんだ』
魔石?
『そそ。それぞれに魔法が封印してあって、魔力を込めると封印が解けて習得できるって仕組み』
ほほ~? んで、その魔石とやらはどこにある?
『この世界のいろんなとこに隠しておいたから、探してみて』
なっ! めんどくせぇ! 詫び転生なら詫び石も用意しとけよ! だいたい、見た目も分からんのに、どう探せってんだ!
『それは大丈夫。光ってる石だから、すぐ分かると思うよー』
光ってる石ねぇ。で、例えばどんな魔法があるんだ?
『え~? それ聞いちゃうの? ネタバレになっちゃうよ?』
んなもん、どうだっていいんだよ! こちとら命がかかってんだぞ!
『そうだねぇ~。いくらゲームみたいっていっても現実だからね、コレ。死んだら終わりだからね』
やっぱ、そうなのか……。
『そりゃそうでしょ~。命はひとつだよ。あ、でも怪我とか治療する魔法はあるから。ホイアルってんだけど』
なんか……どっかで聞いたような感じだな。
『そうそう。さすがに丸パクリはアレだから、あの有名なアレとあの有名なアレをくっつけたんだ』
やっぱそうか……。
『便利だよ~。風邪くらいなら治っちゃうし』
それ重要だな……。現状だと風邪でも死にかねないからな。
『あとは~火、水、土、風って4大元素の魔法に光魔法と闇魔法』
ベタだな~。狩りに使えそうなのは?
『もちろんあるよ~。火系の魔法はオススメかなぁ。火起こし楽ちんだよ。それ以外にも、生活に役立つ魔法がいっぱいあるよ』
それは良いな。水系はどこでも水出せたりすんの?
『それはどうかなぁ~? あんまり教えちゃうとな~』
おい! もったいぶんな!
『だって、せっかく作ったんだしさぁ。楽しんでもらわないと』
楽しくねぇよ! こっちは命がけだぞ!
『あ、そうそう。命って言えばさ、今回ここに転生した日本人って約6,000万人なんだけど、早くも約2万人死んじゃったんだよね~』
……は?
『だから、生きてるみんな、がんばってね! 絶滅しないでよ! それじゃ、また観戦に戻りまーす! バイバイ!』
おい! ふざけんな!
おい! 神!
おい!
……転生から何日たった? まだ一週間も経ってないはずだ。すでに2万人死んだだと?
冗談じゃねぇぞ!! このままじゃ全滅しちまうんじゃねぇか!?