11海へ
だんだん川幅が広くなってきた。
元々いたところもなだらかな流れの川であったが、下っていくにつれ川幅も広くなり、流れはさらにゆったりとしていた。
「どうやらもう下流に入ってるようだな」
翔一は周りをキョロキョロ見回しながら言った。
「だな。このまま海まで行ってみるか?」
「ですねー。河口まで一度いってみましょう」
この辺りも平原で住むには良さそうな場所だ。だが、海まで行って海産物が取れるかどうが、確認するのも悪くない。
「海なんて久々だなー」エリサは両手を上に上げ、伸びのしながら言った。
「前はどこに住んでたんだ?」
「東京ですよー。都下ですけど。だから海は近くはなかったですねー」
「おー、なんだエリサも東京かよ。俺もだぞ。翔一は?」
「……俺は、鳥取だ」
「え? 鳥取? そっかそっか。鳥取は良いよなぁ~。ホラ、あれ、砂丘」
「ですねー。あと、あれもありますよ。砂丘」
「おいおい、砂丘の事も忘れるなよ?」
「いっけない!テヘペロ☆」
「オメーら砂丘しか知らねぇのか!!」
俺たちの鳥取イジりに翔一の我慢も限界を迎えたようだ。
「すまん、それ以外、何も思い浮かばなかった」
「同じくです」
「……まぁ、しょうがないけどな鳥取なんて田舎だからな。どうせな」
「お、おい。そんな拗ねるなって、あ、ホラ、鳥取って言ったら良いところもあるじゃん。隣が島根っていうさ」
「それのどこが良いところなんだ!」
「たしか、鳥取の右が島根でしたよね?」
「え? 左だろ?」
「左だ!! っていうか西だ! お前らいい加減にしとけよ!」
鳥取県の人には申し訳ないが、俺たちの鳥取のイメージはそんな程度だった。
「うおー、見ろ見ろ!遠くに海が見えてきたぞ!」
「ホントですね!」
「おお~。もうすぐだな」
先の方にキラキラと光る青い地平が見えてきた。吹く風には潮の匂いが混じる。確かに久々ではあるが、海ごときでこんなにテンションが上がるとは思わなかった。
「ひゃー! 綺麗な砂浜ですよ!」
「故郷を思い出すな。な? 翔一!」
「思い出さねぇよ! ここは砂丘じゃねぇからな!!」
「よーし! 泳ごうぜ!」
俺は上のTシャツだけ脱いだ。まぁ、べつに下も脱いでも良かったのだが。エリサも元、男だし。でもなにか倫理だとかコンプライアンスとかに怒られそうな気がしたのでやめておいた。
「泳ぐ? やめとけ、なにがいるかわからんぞ」
「え~、翔一は慎重ですね」
「こう見えてビビリなんだぜ、こいつ」
「だっ誰がビビリだ!」
エリサはズボンの裾だけまくり上げ、波打ち際までやってきた。俺はそんなエリサに水をかける。エリサもやり返す。そんなふうに俺たちがキャッキャウフフと波と戯れはじめても、翔一は海に入ってこない。
「やれやれ」とでも言いたげな顔で、砂浜に座っている。
「お~い!」と手を振っても、軽く振り返してくるだけだ。
「翔一のやつ、全然こねーな」
「しょうがないですよービビりなんですから」
「だな。しかし、キレイな海だなー! 透明度、ハンパねーよ」
「そりゃもう、自然破壊の元凶たる人間どもがいなかったわけですし」
「お前もその一員だろ……。しかし、ここもいつかは地球みたいになっちまうのかな」
「でしょうねー。人間にとって自然は過酷すぎますよ」
人類は自然と共に生き、そして自然と戦い、自然を克服していった。それが発展の歴史なんじゃないだろうか。
なんてことをぼんやり考えていたときだ。
「おーい! そこの人たち!! 危ないぞ!!」
何やら声がする。そのほうを見ると、女性らしき人影が、叫びながら近づいてくる。
「なんだ、あれ?」
「人、ですね」
「危ないから出て! 早く!!」
翔一の隣まで来たその人は、両手を振りつつ、また叫んでいる。
「危ないって言ってるな?」
「危ないって、まだ膝くらいの深さですよ?」
「だよなー。あの人もビビりなのかな?」
危ないと言うほどの深さでも無いし、見る限りここは遠浅でこっから急に深くなっている、というわけでもなさそうだ。
天気も朗らかで高波も見えない。一体、何が危ないんだ?
と、思いつつ、辺りをキョロキョロ見回すと、水面の一部が盛り上がってくるのが見えた。
「え? なんだあれ?」
「へ? え? おおお! ヤ、ヤバいです!!」
盛り上がってきた水面はさらに高くなっていき、ざっと2メートルはあろいかというところまできたとき、俺達にはその正体が見えた。
銀色のドデカイ生物だ。シャチかと思ったが、口が長い。尖った歯が無数に生えた大口を開けてこちらに迫ってくる。こりゃ食う気満々だ。
「うおおお! 逃げろ逃げろ!」
俺たちは振り返り、浜を目指すが、水と砂に足をとられ、上手く走れない。
「ギャー! ままままマズイですよ!!」
ソイツはあっという間に俺たちの後ろ、あと1メートルもないところまで迫ってきていた。
「クッ、こうなったら」
俺は逃げるのを諦めた。いや、死ぬ気ではない。とっておきの魔法を使うことにしたのだ。
『魔法名、ライライ。魔法レベル4。自分から30メートル以内の任意の場所に小規模の雷を落とす。消費MP30』
あれから再び二人の協力の下、魔石探し兼薪割りをしたときに発見したものだ。ようやく使える魔法が来た! とよろこんでいたのだが、二人には秘密にしておいた。別に深い意味はない。ただ急に使ってびっくりさせてやろうと思っていたのだ。
「ライライ!!」
俺は振り返り、ソイツに狙いを定めると魔法名を叫んだ。別にカッコつけているわけではない。魔法名を発することが、魔法発動の条件なのだ。
ビシャーン!
そんな大きな音がした。白い小さな雷が落ちてきてソイツに直撃したのがほんの数ミリ秒だけ見えた。
数秒後、ソイツは気絶し、腹を天に向けプカリと浮かび上がってきた。だが、実は俺にも強烈な痛みと痺れがあり、気を失っていた。それは側にいたエリサも同様だった。