表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
76/82

76 君が居ない ーバルトー

 



 執務室を出てしばらく歩いたその先の、窓から見える箱庭の様な場所。

 庭園と呼ばれる様な規模の大きなものでは無く、植えられている植物も花を楽しむための物と言うよりは、薬草ばかりだと言われた方がしっくりくるような、地味なものばかり植えてある、そんな小さなスペース。

 近くに寄って、確認した訳ではないから分からないが、何か興味を引くものがあるのだろう。彼女は良くしゃがみこんでこの庭を見ていた。


 日が当たるとキラキラと輝く髪は、無頓着なのかシンプルに後ろで一つに結いてあって、もったいないと何度思ったことか。


「邪魔なので」


 そんな呆気ない一言で「おろさないのか?」と聞いた言葉は却下されて。

 先日まで私物一つ無い環境下に置かせてしまっていた、自分の不甲斐なさに、この国の王子としても、職場の上司としても、ただの一人の男としても、自信をガリガリと削られていた。


 だから、視察に出掛けた先の店で、花をモチーフに彫金されたシルバーの髪留めが目に入り、思わず買ってしまったのは、申し訳なさからだったと思う。


 にも関わらず、なんとなく渡しそびれて。


 いつも誰かしら側にいるのは、王子としては当たり前で。なんなら誰も居ないなんて職務怠慢で、大事になってしまう身分な訳だから、そもそも直接動くことがおかしいのは分かっているんだ。

 なのに、どうしても誰かに頼むという選択肢を選びたくない自分がいて。









「しばらくこの庭園に人を入れるな」


 そう周りに言い渡して、わざわざ夜にカテリーナを連れ出すなんて、本当、どうかしてる。

 もちろん、城内だからこそ出来る事だけれど。


 前に見張り台に連れて行った時の、目を大きく瞬かせて喜んだカテリーナの笑顔がもう一度見たくて。

 もう一度、もう一度って、もう何度目か。

 もちろん、側近達には筒抜けで、


「余り、近衛や影達を振り回すなよ」


 なんて小言はそれこそ何度目か。










「私に?」


「あぁ、視察先で見かけてな。小さい石しか入って無いが、カテリーナの目の色だろう?」


 包装もリボンもないが、カテリーナは大事そうに両手で受け取ると、恐る恐る月明かりに照らして。

 緑の石が光る角度で目を細めて笑った。

 それはなんと言ったらいいのか、今にも泣き出しそうなそんな笑みで。


「なんだ、気に入らなかったか?」


 そう問えば、頭を小刻みに振り、


「まさか。そんな訳無いです」


 と驚いた顔で、その後はやっぱり目を大きく瞬かせて、ニコニコと髪留めを嬉しそうに眺めていた。


「ありがとうございます。すごく、いえ、とても嬉しいです。大事にします」







 それから、カテリーナはこの髪留めを良く付けてくれた。

 しゃがみこんで、この箱庭の様な場所を眺めるカテリーナの後頭部に、髪留めが光るたびに心が満たされる様な気がして。

 気付けば廊下を歩く度に、そちらを眺める事が習慣になってしまっていた。




 君が居ない。


 ただそれだけの事が、こんなにも心を揺らすなんて、考えても見なかったんだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ