76 君が居ない ーバルトー
執務室を出てしばらく歩いたその先の、窓から見える箱庭の様な場所。
庭園と呼ばれる様な規模の大きなものでは無く、植えられている植物も花を楽しむための物と言うよりは、薬草ばかりだと言われた方がしっくりくるような、地味なものばかり植えてある、そんな小さなスペース。
近くに寄って、確認した訳ではないから分からないが、何か興味を引くものがあるのだろう。彼女は良くしゃがみこんでこの庭を見ていた。
日が当たるとキラキラと輝く髪は、無頓着なのかシンプルに後ろで一つに結いてあって、もったいないと何度思ったことか。
「邪魔なので」
そんな呆気ない一言で「おろさないのか?」と聞いた言葉は却下されて。
先日まで私物一つ無い環境下に置かせてしまっていた、自分の不甲斐なさに、この国の王子としても、職場の上司としても、ただの一人の男としても、自信をガリガリと削られていた。
だから、視察に出掛けた先の店で、花をモチーフに彫金されたシルバーの髪留めが目に入り、思わず買ってしまったのは、申し訳なさからだったと思う。
にも関わらず、なんとなく渡しそびれて。
いつも誰かしら側にいるのは、王子としては当たり前で。なんなら誰も居ないなんて職務怠慢で、大事になってしまう身分な訳だから、そもそも直接動くことがおかしいのは分かっているんだ。
なのに、どうしても誰かに頼むという選択肢を選びたくない自分がいて。
「しばらくこの庭園に人を入れるな」
そう周りに言い渡して、わざわざ夜にカテリーナを連れ出すなんて、本当、どうかしてる。
もちろん、城内だからこそ出来る事だけれど。
前に見張り台に連れて行った時の、目を大きく瞬かせて喜んだカテリーナの笑顔がもう一度見たくて。
もう一度、もう一度って、もう何度目か。
もちろん、側近達には筒抜けで、
「余り、近衛や影達を振り回すなよ」
なんて小言はそれこそ何度目か。
「私に?」
「あぁ、視察先で見かけてな。小さい石しか入って無いが、カテリーナの目の色だろう?」
包装もリボンもないが、カテリーナは大事そうに両手で受け取ると、恐る恐る月明かりに照らして。
緑の石が光る角度で目を細めて笑った。
それはなんと言ったらいいのか、今にも泣き出しそうなそんな笑みで。
「なんだ、気に入らなかったか?」
そう問えば、頭を小刻みに振り、
「まさか。そんな訳無いです」
と驚いた顔で、その後はやっぱり目を大きく瞬かせて、ニコニコと髪留めを嬉しそうに眺めていた。
「ありがとうございます。すごく、いえ、とても嬉しいです。大事にします」
それから、カテリーナはこの髪留めを良く付けてくれた。
しゃがみこんで、この箱庭の様な場所を眺めるカテリーナの後頭部に、髪留めが光るたびに心が満たされる様な気がして。
気付けば廊下を歩く度に、そちらを眺める事が習慣になってしまっていた。
君が居ない。
ただそれだけの事が、こんなにも心を揺らすなんて、考えても見なかったんだ。




