62 チャラい兄の呟き
「泣かなかったな」
「あぁ」
「でも、握りしめた拳が白くなってたな」
「あぁ」
「話、聞いてくれる気になって良かったな」
「そうだな」
「今度こそ、間に合うといいな」
「あぁ」
静かな部屋にため息だけが増えて行く。
記憶に残る両親は、もちろんケンカをすることもあったが、仲が良かったと思う。
可愛がってもらっている自覚もあった。
暖かい眼差しで、俺達兄弟を見守ってくれていたし、生きる上で必要な事を色々と教えてくれた。
他の街と比べたことがなかったから、この街の規模が大きいのか小さいのか知らないけれど、閉鎖的な街だったんだろう。
街の人は、顔見知りばかりで。知らない人なんて、ほとんど居なかったと思う。
学校に通うようになっても、新顔なんて1人も居なかったし。代わり映えのしない面子と代わり映えのしない日常に、俺は飽き飽きしてた。
だから。
街にいくつかある聖ヘレナ教の教会に、ケガ人が運ばれてきたと聞いて、興味が湧いたんだ。
だって、外から来た子ってことだろう?
外には何があるのか、どうやったら外に行けるのか、そんな事ばかり考えていた俺は、様子を見に行ったんだ。
窓の外からこっそり覗いた部屋には、大人が何人も居て、ベッドに横たわる色の白い女の子に、代わる代わる治療魔法を掛けていることが分かった。
今、学校で治療魔法を習っているから、あの魔方陣が難しいものだって余計に分かるんだけど、あの子、大分悪い状況だったっぽい。治るのかな。
なぜか、色の白い女の子が、その後どうなったのかが気になって。ソワソワしてたのかな。そんな俺の様子に弟がいち早く気が付いた。
「アベル、最近何で教会の周りうろついてんだ?」
よりによって気が付いたのは、兄弟の中で一番真面目でお堅いゲインかよ。あー、なんだ。面倒だな。
しばらくはなんだかんだと誤魔化したけど、結局バレた。
「あの子が気になんのか?」
「んー、まぁ外から来た子だからな」
「あぁ」
ゲインは俺が外に出たくて仕方ない事を知っているから、意外に思わなかったらしい。
「三ヶ月前には西の教会。一年前には北の教会に聖乙女が運ばれてきたって、知ってたか?」
突然、ゲインは見たこともない様な険しい顔をして俺を見た。
「去年は二人、一昨年は三人運ばれてきたそうだ。大ケガの原因は、魔力の暴走らしい」
え?ゲイン、お前何言ってんの?お前が頭いいのは知ってるけど、え?調べてた?何を?
ちょ、え、待て待て待て。
「この街には何かある。アベルは本当に外に出たいか?怖い世界かもしれないぞ」
弟に脅されて、怖いから止めるなんてそんなカッコ悪いこと言えると思うか?兄ちゃんだぞ?言えないよな、うん。
「それでも、知りたいんだ」
頭のいいゲインと運動神経や愛想のいい俺がタッグを組めば、いろんな事がスムーズに進んで。
知りたいことはたくさん知れた。でも、知りたくないことも一杯知った。
可愛い聖乙女ちゃん達とも、仲良くなったし、やっぱり色んな事を知れば、助けたくなるわけで。
この街の外にある小さな村が、聖女様ゆかりの土地で、ビックリする程昔から活動している組織があったりして、ゲインと共にスカウトされたり、派手に活動することになるなんて、思ってもみなかったけど、結構、楽しかったりするんだ。
やっぱり外の世界はいいな。面白くって。




