58 こんな時だと言うのに
「助けて死にたくない」
震えた小さな小さな声が、頭の中に響いた気がして、胸をギュッと掴まれた様に苦しくなって、突然目が覚めた。
頭はボーっとしてるのに、心臓はバクバクしてる。寝ながら汗をかいていたみたいで、肌がジトってしてて、気分が悪い。
隣のベッドを見れば、リーさんはすでにいなかった。起き出した気配に全然気がつかなかったな。
ため息をついているうちに、部屋がノックされて、リーさんの声がした。
「おはようございます。カテリーナ様、こちらでお体を」
そう言って部屋に入るなり、湿らせたタオルを渡してくれるリーさんは、私が魘されたことも知ってるのかな。
「私、寝言とかうるさくなかった?」
と聞けば、
「あぁ、そう言えば、バルトール殿下をお呼びになってましたね」
なんて返ってきた。う、嘘。殿下なんて夢に出てきてないから。出てきてないよね?
「体を拭いて、準備が出来たら朝食を頂きましょう」
慌てる私にリーさんは少しだけ笑って、背中を拭いてくれた。
こんなことになる少し前。
なんだか寝苦しくて、眠れなくて。カーテン越しの月明かりが、あまりにも明るくて、窓を開けた。
「カテリーナ?」
外から名前を呼ばれて顔を出せば、そこにはバルトール殿下がいて。
「どうした?」
「あ、いえ、月が明るかったので」
そう答えれば、何かを考えているようで。
「少し待ってろ」
待ってろ?何を?と、思いを巡らせているうちに、部屋がノックされた。
「少し散歩に付き合ってくれ」
殿下はさりげなく私の手を取って歩き出した。夜の城は薄暗くて怖いから、ありがたいんだけど、なんて言うの、緊張がね。
この前の、夜会に向けてダンスの練習した時だって、ガイさん達にもからかわれた位、赤くなっちゃったし。
そーゆー免疫が無いんですよ、私。
部屋を出るときに、リーさんがニコニコしてたから、ダメな事ではないのかな?でも、男の人と二人きりって大丈夫?
城の中にはたくさん庭園があるんだけど、その中でも、迷路みたいな生垣の奥へ奥へと誘導された。
どこに行くのか聞いても、楽しみにしておけって答えてくれないし。
私の歩幅に合わせてくれて、優しく手を引いてくれて。しかも、少し楽しそうに笑ってて。
なんかドキドキしないでいる方法を教えてほしいんですけど。
「ここは見張り台なんだ」
そう言って、奥まった所の階段の前まで来ると、先に何段か登って振り返った、バルトール殿下を見上げる形になって、突然ドキッとした。
背が高くて肩幅も広いから、全体的に大きく見える上に、顔の堀が深くて凛々しいから、存在感があって、怖そうに見られがちだけど、切れ長の目も、スッと通った高い鼻も、厚くはないけど大きな口も、シンメトリーに配置されていて、すごく整っている。
その上、見た目に反して面倒見が良くて、とても優しい人なんだ。
しかも今は少し表情が緩んでいて、楽しそうな笑みを浮かべていて。そんなバルトール殿下が、
「カテリーナ、手を」
って気遣ってくれていることに、改めて気が付けば、意識しないなんて無理だった。




