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55 記録に感情は無い

 



 どんな気持ちで、世界を回って結界を修復したんだろうか。

 昔々の聖女様の旅の記録を読んで、改めて当時の聖女様の心情に、思いを巡らせる。






 バルトール殿下からOKが出たよ、ってレオナードさんから連絡が来たのはいつだったか。

 図書室へ行けば、すでにレオナードさんが貸し出しの準備を終わらせておいてくれていて。


「ありがとうございます」


 図書室を出ようとして、呼び止められた。


「読んだら感想聞かせてね、カナちゃん」


 いつからかレオナードさんだけがそう呼ぶようになっていた、かつての名前に少しだけドキっとして、でもなんだかよく分からない違和感を感じて、振り返った。


 窓から差し込む柔らかい日差しの向こう側で、レオナードさんがどんな表情をしてたのか、私には分からなかった。

 でも、何らかの緊張感があることだけは分かって。


「そうですね。また来ます」


 とだけ答えて、退出した。

 歩きながら考え事するとダメよね。すぐ違う道を通ろうとするみたい。リーさんがいてくれて本当に良かった。

 私の行動範囲が城の中だけだからそこまで怖くないけど、これが土地勘もない外だったらどうよ。怖いから考えない考えない。




 何も知らない世界を、知らない人達と強制的に巡る旅なんて、本人からしたら恐怖しかないんじゃ、と考えて。

 それは旅なんて生ぬるい表現で、表していいものなのかな。強制連行、なんて恐ろしい言葉が浮かんでは消える。

 そもそも、どれだけ丁寧に説明されて、懇願されたとしても、帰れないとか納得出来ないわけだしね。



 その本の内容はと言えば、ただの記録だった。本当に、何の感情もなく、箇条書きが連なるだけで。

 どこそこの国に入った、出た、魔物が出た、倒した、負傷者が出た、みたいな事が、細かく記録されているだけの、本だった。

 拠点で人員の交代があった、本国からの物資が届いた、そんな討伐部隊の記録が追記されていたり。



 聖女様が主役のハズの旅なのに、聖女様の記録はほとんどなく。

 結界についても、意図的になのかどうなのか、記述はあまりなかった。


「うーん、思ってたのと違ったなぁ」


 最後も、結界の修復が完了した、本国に帰還したという記述があり、最終的に何人負傷者が出て、何人死亡したかが書いてあるだけで。

 それから、解散式があったことも、勲章をもらった人の名もあった。そんな褒賞金がいくらで、とか、どうでもいいのに。

 これを書いた人は、聖女様に興味が無かったの?それともこの世界の人が、皆、興味が無いの?







 ねぇ、全て終わってそれからは?平和になったその先は?

 聖女様はどうなったの?どこに行ったの?どうやって生活したの?

 家族は出来た?どうやって御亡くなりになったの?最後は笑ってた?

 ねぇ、誰か最後まで聖女様の側にいた人はいなかったの?




 聖女様は幸せだった?

 沙羅様は幸せになれる?




 確認したいことも、知りたいことも、何一つ載っていない。こんな表面上、起きた出来事を知りたかったんじゃない。


 思わず強く握った本の、どこかに何か引っ掛かりを感じて、擦ったり、透かしたりしてみる。




 裏表紙を透かしてみたら、真ん中に何か小さなメモのような、紙の厚い部分があることに気が付いて。

 破らないように内側の紙を、そーっと剥がすとやっぱり紙が一枚貼ってあった。


「あった」


 裏返して見れば。









「助けて死にたくない」

 聖女様が泣きながら書いていた。

 御守りとして貼っておく。



 記録を連ねた文字と同じ筆跡で、日本語の下に書かれたこちらの文字。

 きっと、聖女様が何を書いたのかなんて、どんな意味かなんて知らずに記念に取っておいたんだろう、その紙が。

 他意も悪意もないその言葉が、余計に当時の聖女様の状況を物語っている様に思えて、悲しくて悔しくて、涙が止まらなかった。




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