54 旅立ちの日 ー沙羅ー
大聖堂前の広場には、朝の早い時間だと言うのに、たくさんの人が集まっていました。
その表情はみんな明るく、結界が修復され平和な世の中に戻ることが、まるで約束されているかの様でした。
まぁ、鯰のおじさんが皆の前で、高らかに宣言したから、しょうがないことなんですけど。
「これより女神ヘレナ様の御遣いである聖女が、結界の修復に旅立たれる。各国を巡り聖なる魔力の流れを正常に戻し、平和へと導くであろう。女神ヘレナ様へ祈りを捧げなさい」
教皇様がそう言うと、大聖堂の鐘が鳴り響き、集まっていた人達が胸の前で手を組み、一斉に空を見上げたのです。
目には見えないけど、皆の信仰心が空に昇っていく気がして、宗教のことはよく分からないですけど、こういうもので救われる人もいるんだな、なんだかすごいな、って感じました。
だけど、私は聖ヘレナ教の教義を、勉強として教わりはしたけど、なんだか全然ピンと来ませんでした。
どうしてかな?と思えば、多分、上層部の人達の態度が、ことごとくひどかったからなんだと思います。
「聖女よ、宿泊した教会では必ず祈りの時間と、信者を集め寄付を募ることを忘れるな」
これはさっき、大聖堂から皆の前に出る時に教皇様から投げ掛けられたお言葉です。
教皇様の表情や態度からすると、投げ付けられた暴言って感じだったんですけどね。
先は長い旅なのに、色々と不安です。
「沙羅様、参りましょう」
「はい」
侍女のレイラさんとターシャさんは、今までも側に居てくれた侍女さんで、この二人が居れば日常生活は心配ないな、きっと。
あと、聖魔導師のマットさんも、一緒に行ってくれるんだって。
なんでも結界修復の旅を記録する為、教会の偉い人に同行するよう指示されたんだって、この前可愛いらしいクッキーを持ってきてくれた時にそう聞いた。
お仕事とは言え、長期間各国を巡る旅に同行なんて、大変ね。私はお話出来る人が増えて嬉しいけど。
教会の人達に指示された通り、集まった人達に手を振ってから、馬車へと乗り込む。
聖女の清らかなイメージを壊すな、と言いつけられているから、教会の人達の目があるうちは、聖女っぽくしておかないとね。
護衛の騎士や魔術師もたくさんいるから、安全な旅だとは聞いてるけど、この世界に召喚されてから初めての旅だし、不安と緊張と、少しの期待で、私の胸はドキドキと高鳴っていた。
隊列は長く、それだけ長期に渡る旅を示していて。今、手を振り見送る人達の家族や恋人も、この隊列の中の一人なのかも知れなくて。
本当にいるなら、お願い。ヘレナ様。
全員無事で、何の問題もなくこの場所へ、みんな一緒に戻って来られますように。
馬車から見えた空は、青く澄み渡っていて、あの大きくて落ちそうな月も、青白くキラキラ輝いて見えた。




