52 ある側近の呟き
「そうか。そのまま追跡を頼む」
カテリーナ嬢が拐われてからすぐに、レオナードとリー、それぞれから報告が上がった。
警戒はしていたため、すぐに動けたが保護するまでには至っていない。黒幕を突き止めよと、陛下からの通達があったからだ。
「リーがいますから大丈夫ですよ、殿下」
もちろんリーだけでなく、王家の影も動いているし、今回はそれほど危険のないうちに連れ戻せるはずだ。
「分かってはいる。だがな」
眉間にシワを寄せため息を吐く殿下の様子に、思わず吹き出してしまった。
ギロっと音が聞こえるかのような殿下の睨みも、今は逆効果で。余計に笑ってしまった。
「大事なんですね」
誰が、と言わずに言えば、
「うるさい」
その顔が、子供の頃にアレンと喧嘩して叱られた後の不貞腐れた表情に見え、微笑ましくもあった。
バルトール殿下は、兄上である王太子殿下のスペアとして、同じ様な教育、同じ様な鍛練を受けて来た。
けれど、そこはやはり次男と言うことで、何かが違うのだろう。プレッシャーなのか心構えなのかは分からないが、結果としてバルトール殿下は、心優しい王子として成長されたのだ。見た目はともかくとして。
それは王族としてはどうなのか、と言う部分もある。優しさでは国は成り立たないから。
アレンは元々、殿下の側近になるべく、幼なじみとして一緒に勉学に励んでいた子供達の中の一人だった。
その中に私もいて。
今現在、幼なじみの皆が側近として残っているわけではない。情勢の変化や嫡男の病気やケガ、等様々な理由で急に跡継ぎに浮上し、領地を継ぐことになった者もいるからだ。
しかし、側にいなくとも幼少の頃からの絆は無くならず、今でも殿下の為に動く者が少なくない。
それは、もちろん様々な思惑の上にあるのだが、突き詰めると殿下の人柄に引かれて殿下の下に就いている様に思う。
「守りたいなら、守れる力を得るだけだ」
これは、アレンが魔力の暴走を起こし、研究所に連れていかれた時の殿下の言葉だった。
魔力量が尋常でなく、それを制御出来ない者は、国にとって劇薬のような物だ。とてもじゃないが、捨て置く訳にはいかなかったのだろう。
アレンに対しても、早々に排除の向きがあり、家族すらも諦めた様だった。
私も、仲間だと言うのに何も出来ず、不甲斐なさと悔しさを噛み締めるばかりだったことを覚えている。
そんな中で、殿下だけがアレンを諦めず見放さなかった。様々な手を尽くして救出したのだ。
その方法は、と言えばとても人に話せる内容ではなかったそうだが。
アレンを排除する方法が魔力の人体実験だったため、本当にギリギリの所だったらしい。
そのため、回復するまでに時間がかかり、殿下の側近として戻れる迄に三年を要した。色々あったのだろう。戻った時には今のアレンになっていた。
三年の間も、隙を見てはアレンの元に通い、制御だけでなく、魔導師としての実力をつける様、尽力されたのも殿下だった。
だから今でもラムダス家は全力で、殿下の後ろ楯になっているし、人間に興味の無いアレンも、殿下だけは特別なのだ。
結果として、配下を見捨てることの出来ないお優しい王子として、周囲はバルトール殿下の評価を下げたのだと思う。
でも、思うのだ。
優しくて何が悪いのだと。
そんな殿下だからこそ、私たち側近は力になりたいし、守りたいと思うのだから。
そして、いつになく殿下が心を傾けているカテリーナ嬢だけは、必ず守りきらなくてはいけないと、そう心に誓うのだった。




