37 知らずにいたこと ーバルトー
側近のガイが、ノックもせずに飛び込んできた。
「アレンに丸投げした殿下が悪いので、責任取ってきてくださいね」
そう言って、図書室のレオナードの所へ大至急行けと執務室から追い出された。
レオナードの所へと言われて、とんでもない何かが起きたのかもしれない、と慌てて図書室へ向かう。
図書室は、当然の事だが静かで、普段、過ごしやすい温度に管理されているハズなのに、なぜか今日はひどく寒気がした。
「やっと来たか」
気配もなく後ろに立たれて、本能的に飛び退く。振り返れば、殺気を隠さずに拳を突き出したレオナードがいる。
「あぶねーだろ」
レオナードは一見穏やかなただの司書に見えるが、そうではない。元々、特殊部隊のエースで、今は王家の影を取り仕切る男だ。
「お前さ、どー言うつもり?」
そう言って渡されたのは、なぜかカテリーナの行動記録だった。なぜ、そんなものが?
「陛下が、聖女に仇なす者か、見極めろと言われたからな」
疑問を声に出す前に、答えを寄越すなよ。
「早々に、危険はないと判断したよ。彼女は、自分の立場をよく理解している」
立場を?とレオナードを見上げれば、次の瞬間、胸ぐらを掴まれ壁に押し付けられる。
本気ではないと分かってはいるが、レオナードにしては珍しく感情的だと思った。
「お前が彼女を守らないなら、俺らがもらうぞ。次はないからな」
それだけ言うと、姿を消した。残された俺は、何がなんだか分からず、渡された報告書を読むしかなかった。
「なんだ、これは」
報告書にあったのは、本当にカテリーナの行動記録なんだろうか、と疑うようなものだった。
アレンの執務室から俺の執務室、そして沙羅様と学ぶ応接室、それから自室。それ以外の行動が一切無いのだ。
休日は、何も書かれていなかった。何もだ。部屋から出た記録が無いのだ。そんなことは、通常で考えれば有り得ない事だ。
カテリーナがこちらに来てから、どれだけ時間が経っている?何度もあった休日に、カテリーナは部屋から一歩も出ずに過ごしていた?
驚くのはそれだけではなかった。
簡易的手続きではあったがラムダス家に養子となり、当然付けていると思っていた侍女をアレンが付けていなかった。
これまで、慣れない環境の中、手助けする者も居ないまま、たった1人で生活していたと言うのか。
その上、初めて1人で行った食堂で、騎士寮の下働きに絡まれ、それから一度も食堂に行っていないと書かれている。
「どうやって食べ物を得ろと言うのか」
言葉にして、鳥肌がたった。
カテリーナだってそう思ったのではないのか。
報告書の最後に、部屋にいる間、ほとんど物音がしないが、時折、泣いているのではないかとあった。
沙羅様に対して、献身的だったのはこの世界に対しての怒りのようなものだったのでは、と考える。
自分に必要な者、必要な物を沙羅様に用意していたのではないか。
それならば、一層、この世界はカテリーナに対して厳しいものだったに違いない。
いや、この世界ではない、な。
俺だ。俺が、もっとよく考えて行動していれば。
これ以上、悲しませたり苦しませたりしない。そう、決意して、カテリーナを迎えに歩き出した。




