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36 ある影の呟き

 


 図書室にて






「承りました」


 レオナード様の気配が消え、少しだけ緊張が緩む。あの人を目の前にすると、大抵の影が萎縮してしまうのは仕方の無いことのように思う。

 圧倒的な力の差、それがあるからこそ王家の影を束ねていられるのだから。


 今回の任務は、カテリーナと言う名のアレン様の補佐官になった女性の監視だった。

 聖女に仇なす者かどうか見極めよ、そう勅命が下ったらしい。

 陛下より直接、レオナード様が承ったと聞く。気を引き締めてかかろう、と意気込んでいた。




 のだが。

 なんなの、この子。全然部屋から出てこないんですけど。

 って言うか、殿下もアレン様も、何考えてるんだろ。バカじゃないの?

 あまりの事に、一瞬、素が出てしまった。





「カテリーナ様は、ご両親亡くしてからずっと1人だったんですか?」


「ええ、そうなんです」


「でも、アレン様のお家の養子になったってことは、家族が出来たってことですものね。良かったですね」


「ありがたいことです」


 こんな会話、どんな気持ちでいたんだろう。聖女が悪いんじゃない。悪いのは殿下とアレン様だ。




「最近、侍女さん達が一緒にお茶をしてくれるようになったんです。本当はダメなんですけど、こっそり特別にって言ってくれて」


「それは楽しいでしょうね」


「はい。ミレー様とカテリーナさんもですけど、皆さんいい人で。私、人に恵まれてますね」


「良かったですね」


 いつも聖女のことを本気で心配して、思いやっている様子だった。




「お前、それは俺の菓子だぞ」


「そうでした?お腹がすいちゃって」


「アレン、菓子くらい好きに食わせてやれ。女、子供は好きだろ、菓子が」


「さすが殿下。じゃ、これもいただきます」



 軽口を叩いているように見えるが、これは彼女なりの身の守り方だと知った。

 昨日は休日で、1日何も食べていないのだ。

 部屋から一歩も出ず、何もせず、ただぼんやりと窓の外を眺めていたようだった。




「これでは、監禁と変わりません」


 そうレオナードに報告をすれば、図書室の温度が4度位下がった気がした。





 なのに。

 彼女はにこやかに微笑むのだ。

 聖女にも、殿下とアレン様にも。それだけでなく、聖女を守る周りの者にもだ。



 彼女を守るものは、何も無いのに。

 彼女を守る者も、誰も居ないのに。







 何度か、部屋で泣いている気配を感じた。


 あの、何一つとして私物がない、あの空っぽの部屋で、彼女が1人泣いているのかと思うと、胸が苦しくなった。

 誰も慰める者も居ない、この世界で。負けじと1人立つ彼女を、守りたいとそう願った。



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