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35 聖女じゃないから


 一瞬、何が起きたのか、分からなかった。

 だって、頭を抱き込まれているから、何も見えない。

 ただ、目の前の人の心臓が、ものすごいスピードで動いていることだけは分かった。


「レオナードから連絡があったんだ」


 そう言って、私の頭の上でため息をつくのはやめてほしいんですが。でも。「見つかって良かった」その一言で、あぁ、この人は私のことを心配してくれたんだと伝わった。

 離れようと動けばやんわりと抱き留められて。


「アレンに任せてたから、侍女が居ないことにも気付かなかった」


 そうなんだ。わざとかと思ってた。

 だから、きっと私は外に出ない方がいいんだろうと、外部の人には知られない方がいいんだろうと思ってた。


「沙羅様に誘われて、外にも出てるとばかり」


 誘われたことは話したよね。あー、でも断ったことは、言って、うん、ないな。


「まさか、一歩も外に出てないとか、夜、飯を食ってないとか、思ってもみなかった」


 それは、うーん。初めて1人で行った食堂で、知らない人に絡まれたから、面倒になって。まぁ、一食抜いても死なないし。


「しかも迷子とか」


 今、少し笑わなかった?方向音痴ですみませんね。だって、あれくらい大丈夫と思ったし。


「頼む。そういったことは、全部言ってくれ」


 突っ込みは全て声に出ていたようで、なんだか弱々しい声が聞こえた。








「聖女様がこの世界を救う気持ちになるよう、お膳立てするのが私の仕事で」


「あぁ」


「だけど、それだけだから」


「どう言うことだ?」


「聖女じゃない私は、この世界にとって、不必要だということです」


 ずっと考えてた。

 鯰のおじさんに、消してもいいと言われた私は、そもそも呼ぶ必要のない人間な訳で。

 聖女様に救われた後のこの世界には、それこそもっと必要のない存在になる。

 だからこそ、あまり人に会わせないようにしてるんだと思ってた。


「侍女さんが居なくて、些細なことを尋ねることも出来なかったから、きっと、全て終わるまでジッとしてろってことかと思ってました」


 そう答えれば、バルトール殿下は私を離して、


「違う、そんな風には思っていない」


 眉尻が、ものすごく下がってますよ、殿下。そんな情けない顔を、私なんかに見せてもいいのかな。

 実は、アレンさんに図書室に行きたいって言った時も、ダメって言われるかなと思ってたんだよね。だから、すぐに連れていってくれて、本当にいいの?と思ってた。そう伝えれば、


「本当にすまなかった」


 バルトール殿下は、真っ直ぐに私の目を見てくれた。







「カテリーナが、沙羅様の居場所を作ったように、俺が、俺がお前の居場所を作るから。だから、頼む。1人で泣かないでくれ」


 私は聖女じゃないから、何も望んだらいけないんだと思ってた。沙羅様の居場所を作ったら、ここから追い出されるんだろうって覚悟もしてた。

 だから、極力深い繋がりは持たないようにって、表面だけの関わりでいいって思ってた。


 でも、いいのかな。こんな風に言ってくれる人がいるなら、私も、少しは望んでもいいのかな。


「私も、居場所を作ってもいいですか?この国に、私の居場所を」


「あぁ、必ず作ると約束する」


 嬉しくて溢れた涙は、バルトール殿下が拭ってくれた。



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