32 有能な補佐官 ーバルトー
聖女と会ってから、カテリーナがしたことと言えば、彼女の周りの環境を徹底して整えることだった。
「自分の名前を呼ぶ人が1人もいない世界なんて、救いたいと思いますか?」
皆、言われて初めて考えたんだと思う。聖女にとって、今いるこの世界がどういうものなのかということを、改めて。
カテリーナの言う通りだと思った。
聖女を召喚したのだからと、最初から誰もが皆、当然のように彼女を聖女として認識した。
聖女としてしか見ていなかったから、彼女がどんな人で、どう生きてきたか、なんて想像もしなかった。聖女として生きてきたものだとさえ思っていたかもしれない。
でも。それはこちらの都合のいい様に、考えていただけで。向き合うことも、知ろうともしなかっただけだ。
そして聖女と呼ぶのは、聖女としてあれ、という押し付けでしかないことに、誰も気がつかなかったのだ。
カテリーナは言うのだ。
新しく聖女の侍女に決まったもの達に、
「私たちの世界の勝手で、都合で、沙羅様がたった1人で頑張っていることを忘れないで欲しいのです」
だから、親元を離れたばかりの、娘や親戚の子供の面倒を見る様な気持ちで接して欲しい、と頭を下げるのだった。
皆、言われて初めて聖女ではない、ただの少女の姿を直視して、この世界の罪を知る。
そして思うのだ。自分に出来ることは何かないのかと。どうにかして彼女を笑顔に出来ないかと。
何がカテリーナをそう動かしていたのか。ただ巻き込まれただけだと言っていたカテリーナが、名前を捨て、人に頭を下げてまで、なぜ彼女を守ろうとするのか、俺には分からなかった。
ただ、聖女の理解者であるカテリーナの言うことは、いつも聖女のためになり、少しずつ彼女が笑顔になっていったから、聖女の周囲の人間からのカテリーナへの信頼は、確実に厚くなっていった。
いつも、誰よりも先んじて聖女の変化に気が付き、安心を与え、暖かく見守っている、聖女のご学友であり、アレンの補佐官であるカテリーナという存在に、皆が頼り、甘えていたんだ。
だからカテリーナが休日に、時間をもて余して困っていたことも、雲を眺めて途方に暮れていたことも、誰も知らなかった。
聖女が感じていたであろう不安や孤独を、カテリーナも同じ様に感じて当然だ。
カテリーナが聖女と同じ世界から来たことを皆は知らない。だから気がつかないのも仕方がないと言えば仕方のないことだ。
でも。俺とアレンはその事を知っていた。知っていたのに、全く気がついてやれなかったんだ。




