20 食べられない ー沙羅ー
「聖女様、少しでもお召し上がりになりませんか?暖かい飲み物だけでも」
悲しそうに、私を見る女性。私の世話を焼いてくれる人、らしい。
昨日、泣きつかれてソファーとも違う二人掛けの椅子で倒れるように寝てしまった私を、ベッドまで移動させたのは、私に八つ当たりをされた、あの若そうな男の人だそうで。
マットさんと言うらしい、その人が慌てて医者を呼びにいって。そして看てもらってやっと、大事ではないと分かったのだって。
ただ、私はそのまま眠り続けて、夕方になってやっと目を覚ましたらしい。
「栄養を付けて、ゆっくりと眠りなさい」
さっきもう一度来てくれた、お医者さんがそう言ってた。
それで、食事を持ってきてくれたんだけど。
どうしても、食べられない。
お腹は空いてるの。だって、昨日の夜に召喚されてから、何も食べていないから。
だけどね、出てきたスープは嗅いだことのないハーブっぽい香りがするし、カップに注がれている湯気の出ている飲み物は、白くてドロッとしているの。
毒ではないと思う。
でも、私、違う世界から来たのに、ここの人達と体の構造同じかな?消化出来るのかな。そう思うと、怖くて何も口に出来なかった。
だって召喚されたんだって、私。ここ、日本じゃないんだって。信じられる?
窓の外を見上げたら、信じられない位に大きな月が見えた。ちょんって指で突いたら落ちそうな位に地面に近いけど、落ちないのかな?
お腹空いたなぁ。
寝て起きたら、夢だった、とかないかな。
聖女とか呼ばれて、訳の分からないことばかり言われて、知らない人しかいなくて。
これって、本当は誘拐みたいな感じ?
実は身代金、請求されてたり?
お腹空いたし、起きてても辛いだけだし。
帰りたいよ。学校行って、友達としゃべりたい。
あ、他の学校の子みたいに、一度でいいから放課後にタピオカ買ってみたかったなぁ。
うちの学校、すごく厳しかったから、寄り道も出来なくて。あーゆーの、憧れだったなぁ。
身代金かぁ。いいよ、いいよ。払うよ。
元に戻れるなら、このよく分からない状況から、いつもの日々に戻れるなら、保険金全部払ったっていい。
いるならお願い。神様、助けて。
ため息と共に目を閉じた。




