送還されそう
戻ってきた。
王子さんはこつこつと自分の味方につけてきたという王国軍と合流し、イケオジ王様を断罪した。王様は無傷で帰還した王子さんを責めた。残念ながら、もしかしなくても、私が勇者であることはお忘れのようだ。背景。聖剣は魔騎士くんの手にある。イケオジや周囲の人間は、触れないところを見ると、マオちゃんや宰相殿の顔も知らないのかもしれない。
「はあ……残念だ」
「ど、どうしたのじゃ?」
背景扱いされているのをいいことに、マオちゃんとこそこそ話す。もう一人の仲間外れである宰相殿は、広間や人々の顔、成り行きを楽しそうに観察していた。
「正直、冷めるって言うか。でも、顔見てたらやっぱ、うん」
好みど真ん中ですわ。
「ああ……お主は……ああいうのが、好みなんじゃな……」
「顔はね。あれで眼鏡があれば、私今、マオちゃんの敵かもよ」
「ええー……」
王子さんが王様の罪を並べ立てていく。あ、そうなのか、王子さんは女王と前の王配さんの子どもで、イケオジは自称王様だったけど、今の王配でしかないのか。それで、二人は、血は繋がってないわけね。王配っていうのは、当然、やっぱり王様よりは格下になるんだよね。まあそのへんは私には関係ないですので。
「あ、ねえ。前の勇者って帰ったんだよね。これが終わって私たちも帰ったら、勇者三代で会う? 何もないけど何か楽しそう」
「えっ」
「あー、会いたくないか」
「えっ、あっ、いえ」
「というか、マオちゃん。私、全然、目の前の出来事が理解できてないんだけど。そもそも彼らは何をもめているのか?」
「あー、そうじゃな。この国の女王が今死ぬと、王配と王子の内乱になりそうという話で……」
「ああ、わかった」
王子さんが次の王様になるのが順当なのに、イケオジが強欲ということ。イケオジが王位を任せられる人格者ならまた話は違ったんだろうが、王子さんがあれだけ大量の味方を集められるくらいだ、全然任せられないんだろうな。ああイケオジ、あれで眼鏡さえあれば。眼鏡があれば、私が、この天下の無敵勇者が、この世界にしばらく残ってでも協力者になるのに。
「うん、ありがと」
「ええー……」
マオちゃんさっきから「え」ばっかり言っている。だが、いつの間にか挙動不審は治ったようだ。慣れてくれたかな。
「マオちゃん家どのへん?」
「えっ? えっと、日本がこうあって、このあたりかな」
「何その説明。教えたくないならはっきり言えよ」
「えっ、ごめんなさい」
ごめんなさい怒ってないよ口がちょっと悪いだけ。それに、「こう」と指で宙に描いた日本がわりと正確な地図だったから、何となく場所を理解できた。
「たぶん私もそのへんに住んでるよ。青いシルビアが停まってる『春照』って喫茶店があってね。友人Yの家でね、それなりにゲーム好きだから、マオちゃんと話が合うかもしれない」
「スイジョウ?」
「そう。シルビアのナンバーは15。S15だからだって」
「あれ? すごく心当たりがある、けど、スイジョウ?」
「うん。春に、照らすって書いて、スイジョウ」
「なん、だと……ハルテラスではなかったのか……」
それはよくある間違いというやつだ。それにしても、春照を知っているということは、マオちゃんの行動範囲は予想外に私の行動範囲と近いのでは?
うだうだとマオちゃんと二人で無駄話をしているうちに、王子さんたちの用事も片がついたようだった。宰相殿が王子さんと後片付けの相談事をしている。眺めていると、宰相殿が顔をあげて、目があった。こちらに歩いてくる。
「王、勇者殿。帰還の用意は数日のうちに整うとのこと。いかがなされますか?」
一瞬、何のことだと思った。
「宰相よ、ワラワは……正直なところ、今は迷っておる。この世界が、ワラワたちの国が、大事になってしまった」
「あっ、その話ね。私は帰ります。もう、すぐにでも」
「ちょ、空気!」
マオちゃんに怒られてしまった。いやほんと、今は空気読めてなかったと思う。そういうわけでやり直し、どうぞ。
「テイクツーどうぞ。みたいな素振りしないで!?」
「ふっ」
宰相殿が笑った。
「私としては、王におかれましては、そろそろ引退されてもよろしいかと存じます。元より、議会制への移行を計画していたところですからね。となれば、あなたはもはや自由です」
「宰相……」
「それとも、私に言わせるおつもりですか? 用済みだと」
宰相殿は微笑んで、マオちゃんも泣きそうな顔で笑った。