とりあえずヒール
そして自称魔王は、実は自分も異世界の日本人でさ、ってさ。
「で?」
「あいぜんさまとかふりーざさまとか、“さま”をつけたくなるような悪役目指してる」
「魔王名前何」
「名前っても、これアバターだからさ。この夏に満を持してVRMMOとして再臨する神ゲー、パイリダエーザのために、完璧に造り上げたアバターだから。パイリダエーザ知ってる? RPGなんだけど。それで、その世界でかつて“閉ざされた楽園”っていう完全平和時代があったって、シリーズでいつも言及されててさ、なんと、なんとこの度VRMMOでついに」
はいカット。
「まあ、ゲームではたいていいつもマオって名乗ってる」
「わかった、マオちゃんね」
「いや“さま”つけてくれないの。そこは“マオさま”では?」
「でもなんか“マオ”って“さま”合わなくない?」
「そうかな!?」
マオちゃんが無害そうな人間であることは私の心が感じていた。美少女すぎる理由もわかって、魔王というのが本当に趣味の自称であることも聞いてしまって、マオちゃん人畜無害感マシマシ。
緑色の街。マオちゃんの国は、何とかいう魔石材に恵まれていて、緑がかった色のその石材で造られた建物が整然と並べられた街は、魔王城の一番高い塔から見下ろせば、緑色に見えた。魔王城が黒いのは差別化、かと思えば、それも単に好みで趣味らしい。
歩いてきた道のりで知っている。マオちゃんの国の民は、隣国と同じ人間だ。姿かたちどころか、肌の色も、髪の色も、目の色も、似たり寄ったりだ。私の見聞きした限りでは、宗教の違いもなかった。隣国は我が国の魔石材を欲しているとマオちゃんは言った。
マオちゃんを信じるならば、イケオジ王様を嘘つきだと決めてしまうことになる。嘘を悪だと断定すれば、過ぎたる欲を悪だと断罪すれば、この戦争は正義対正義ではなく、正義対悪になる。
「いい国じゃろ」
「あ、その口調に戻すんだ。うん、きれいな街だね」
「あ、そうだ。ところで、それ何のアバター?」
「うん?」
「前の勇者はパイリダエーザではないが別のゲームのアバターだと言っていたのじゃ。スタイリッシュ系アクションゲームで、本名は羅さんだって、日本と中国のハーフらしい。のじゃ。まあだからほらその、勇者もさ、ほら、だってほらなんていうかこんな美人がリアルにいるわけごにょにょ」
シリアスブレイカー属性の魔王って。魔王って。本当に悪役やる気あるのかな? と思うくらい善良に見える。正直、私の親友Yのほうが圧倒的に悪役。
「ありがとう、と言っておく」
私はゲームはあまりやらない。アバターと聞いて先に映画を思い浮かべるくらいには、ゲームの用語に馴染みはないし、もちろんパイリダエーザも知らない。親友Yはオンラインゲームをそこそこやるらしいし、親友Hはゲームしかしていないレベルらしいが、私は、ゲームはあまりやらない。いや、そういえば先日、親友Yから一緒にやらないかと誘われたゲームが、パイリダエーザという名前だったような気がするなあ。とはいえそれはおいといて。
旅路の中、水鏡で見たことがある。断言できる。
「これは素顔です」
「じ、自前……」
崩れ落ちるように、落ち込んだように、マオちゃんは両手と膝を地面についたポーズをとった。ごめんね、私、回復魔法とか使えないから。というか魔法全般、意図的には使えないから。