囚われの身
肌寒い感覚が白純に襲い、体がぶるっと震え目を覚ました。白純は直ぐに周囲の状況を確認し、この場所が『未来視・ 』でみた光景だとすぐに理解した。
あのときは光の直射で見えなかったが、この部屋は天井も壁も床も石でできており、窓など一切なく、ただ一つ、鉄扉が存在するだけだった。
だが、この部屋に存在するのは扉だけではなかった。白純の頭側の壁、そこに一際異彩を放つ物があった。
それは、大量の拷問器具だった。全ての器具に、使われた形跡があり黒く固まった血がこびり付いている。
それを見た白純は直ぐに脱出しようと試みるが腕と足、体は枷で硬く拘束されており、ビクともしない。試しに魔力を全身に流して身体強化をして、枷の破壊を試みる。が、
「っ!?」
魔力を全身に流した瞬間、枷が触れている場所から何故か大量の魔力を吸われた。どういう原理なのか分からないが、魔力を流す分だけ魔力が吸い取られてしまい、身体強化での枷の破壊を諦める。
白純の心の中は後悔で埋め尽くされる。
あの映像を見た時点で直ぐに脱出するべきだった。常に、気配感知を使って、警戒を怠るべきではなかった。あのとき、こうしていれば。ああしていれば。そんな事ばかりが頭の中に浮かんでくる。
しばらくそうやって、ぼうっとしていると、人の気配を感じた。どうやら『気配感知』は問題なく使えるようだったので使ってみると六人の人の反応がこちらに向かってきている。おそらくあの映像に映っていた集団が来ているのだろう。
心臓の鼓動が速くなるのを感じる。いったいどのような奴が来るのか。白純の不安は加速していく。
――ギイィィィ
鉄の扉が鈍いさび付いた音を鳴り響かせながら開いた。白純はその様子に唾をゴクリと呑み込んだ。
開いた扉から姿を現したのは……
「おや? 起きていたのかい、榮倉くん。気分はどうだい?」
「……どういうつもりだ」
暗闇から姿を現したのは何と一緒に召喚された安念謙二郎だった。安念謙二郎はヒョロヒョロでメガネを掛けており、運動は全くできない男だがそれでも学年で首位の成績を持つ男だった。もちろん、白純は謙二郎の名前は覚えていない。
「どういうことも何も、榮倉くんは戦力外として処分されることになったんだ。しかし、ただ殺すだけでは召喚された意味が無いので、その持ち前の耐久力を活かしてもらい実験台になってもらうことになったんだよ」
謙二郎の話によるとこれは豚皇が進めた話だそうで、謙二郎はこの世界に来てからすぐに『錬金術師』というスキルを持っていることで、豚皇にとある相談を持ち掛けられた。それは第二皇子の研究の手伝いをしてくれないか、とのことだった。もちろん、その話を謙二郎は喜んで受けた。この世界での研究に興味が湧いたそうだ。
そして、直ぐにポントと顔合わせをしたところ意気投合し、一緒に研究するようになった。
それで、何故このようなことになっているのかというと、ポントは人間と魔物の融合の研究をしていたのだ。謙二郎はそれに協力することとなり、『錬金術師』のスキルのおかげで研究が大幅に進んだ。そして、いよいよ人で試そうとしたところである問題が浮上した。どの実験体も耐久が低く、痛みで実験中に死んでしまう可能性が高く、材料を無駄にしてしまうのだ。
その問題を解決するために『痛覚耐性』と耐久値の高い処分予定の白純が選ばれたというわけだ。
謙二郎の後ろにいる眼の下に隈を作っているのがポントらしい。ポントは白純のことをまるで人ではない何かを見るような目でこちらを見ていた。
白純はその視線に途轍もない不快感に身じろぐ。
「……そろそろ実験を始めるぞ、安念」
「ええ、わかりました」
ポントにそう言われて安念は何か準備をし始めた。それと同時に白純を無数のライトが照らす。
白純はその眩しさに目を細める。だが、それ以上に恐怖が湧き上がってくる。このライトが付いたということはあの映像であった事が起こるということだ。
そして、全ての準備を終えたポント達は白純をナイフで刻み始めた。
「ぐ、あああ――」
やはり、『痛覚耐性』のスキルを持っていても、耐久が高くても痛いものは痛い。叫びそうになる白純の口に布が詰め込まれる。
次々と、白純の体を遠慮なく刻んでいく研究者達。まず最初に元々左腕があり、今は塞がっている部分をナイフで切り落とした。
「――!!」
目を見開き、もがこうとする白純に目もくれずに研究者たちは黙々と実験を続けていく。その際に左腕に謎の感触がしたが、もう既に自分の体の感覚がなく、何をされているのかも分からなかった。
そして、そのまま白純の意識は闇の中へと沈んでいった。
次の朝、未来達に告げられた内容は少なくない動揺を誘った。それは、白純の脱走。
興味なさげに聞く者もいれば、やはりと思う者、憤る者、そして、
「うそ……」
信じられないといった者。様々な感情が入り乱れる中、やはりこの男だけは冷静だった。
「皆落ち着け。アイツの事なんか放っておけばいい。どうせ役にも立たない犯罪者だったのだから居ても居なくても一緒だろ」
輝一の言葉に皆が同意の意を示す中、未来だけは信じられないといった表情で輝一を見つめていた。
「輝一君……? 何を……言っているの?」
未来はふらふらと体を揺らしながら輝一へと近づいていく。
輝一はその様子を見ても特に何も思わなかったようで首を傾げてなんてことないように言う。
「何って……、アイツが役立たずってことだろう? 未来もそう思うだろ、あんな犯罪者。どっかに行ってくれて助かったよ」
未来はその言葉を聞いてガツンと頭を殴られたような気分に陥った。そして周囲を見渡しても誰も白純の心配をしていないことに更なる衝撃を受け、目の前が真っ暗になった。親友の友香の声が聞こえた気がするが、直ぐに未来は意識を手放した。