ステータス
たった一言。それだけでこの場にいる誰もが動けなくなった。途轍もないプレッシャーに襲われ、白純達はそのプレッシャーに当てられて動けず、冷や汗が止まらない。美恵の蹴りも輝一の少し手前で止まっている。平然そうな顔をしているが、よく見てみると美恵の頬にツゥーっと一筋の汗が流れているのが見えた。白純はそれに少し驚いた。
「そこまでにしていただきたい。村主美恵殿」
「……なぜ、でしょうか。私と生徒の事情に口を挟まないで下さい」
訓練場の入口からやって来たのは鎧に身を包んだ巨躯の男だった。どうやら、このプレッシャーはその男から発されているようだ。
美恵はこのプレッシャーが圧し掛かってくる中、必死に言葉を搾り出した。その言葉には若干棘があるように聞こえるが。
「これから訓練を始めるというのに怪我をされては困る」
男は美恵の前まで歩みを進めると、ようやく発されていたプレッシャーが解除された。それと同時に村主美恵が脚を戻す。
それを見ると男は満足そうに頷き、自己紹介を始めた。
「申し遅れました。私の名はガルド・シート。このシヴノス帝国騎士団騎士団長を務めております」
ガルド・シートと名乗った男は見た目に反して丁寧な口調だった。他のクラスメイト達もガルドのことを先程の様子と違い、驚いている。そんな白純達の内心を察したのか、ガルドが苦笑いしている。
「騎士団長には力だけではなれない。それなりの知識も必要だし、書類も作らなければならない」
その言葉に白純達は納得した。ガルドも満足げな表情をしている。
「うむ。それじゃあ早速訓練を開始するが、その前に勇者様……、いやお前達には武器を選んでもらう。ステータスのスキル欄に各々の武器に関するスキルがあったはずだ。例えば『剣術』や『槍術』なんかだ」
そう言われて、白純達はステータスを開き、スキルの欄を見る。白純のスキル欄には『剣術』。つまり、白純の使用武器は剣というわけだ。
皆が各々の使用武器を確認しているが、周りの話を聞いている中では『剣術』のスキルが多いようだ。
一通り、自分の使用武器を確認し終えた白純達は、ガルドが武器庫へ案内するということなので、それに着いて行っている。
「着いたぞ。ここが武器庫だ。この中から自分にあった武器を選んでもらう」
武器庫の重厚な扉が開かれる。その中には様々な武器、防具が置かれていた。
「おおおっ」
初めて見る武器にクラスメイト達は大興奮の様子だ。各々自由に武器を触ったりしているが白純は不安で仕方がない。命を奪う武器。クラスメイト達はその重みを理解していない。いや、何人かは気付いているようだが、言っても意味がないと理解しているのだろう。
白純も特に言っても仕方がないので大人しく武器を探すことにした。片腕しかないが片腕だけでも剣は十分に扱えるはずだ。
白純は自分にあった剣を探す。と、武器庫の一角に刀を見つけた。どうやらこの世界にも刀はあるようで、どうやら東国でしか使われていないマイナーな、この辺りでは少し珍しい武器らしい。白純は刀を手に取って感触を確かめる。
「……地球のとは少し違うけど慣れるかな……」
白純は地球で真剣を扱ったことがある。というのも、とある人から一通りの武術を教えてもらったのだ。その中で真剣を打ち合うことが数回あったのだ。
白純の他にも刀を選んだ者がいた。未来だ。未来は地球で剣道をしていたので刀に縁があったのだろう。他にもいろいろと武器を物色しているとガルドがなにやら煌びやかな剣と鎧を輝一へと持って来た。
「『勇者』持ちのお前にはこの剣とこの鎧だ」
「これは?」
「『勇者』持ちだけが使用のできる“聖剣”と“聖鎧”だ」
「なるほど……。確かに物凄い力を感じます」
確かに、誰の目から見てもあの煌びやかな装備は凄い力を持っているように見える。輝一もそれを感じ取ったのか、特に拒むこともなく喜んでそれを受け取った。
全員が武器を選ぶと、訓練場へと戻り、取り敢えず今日は簡単な武器の使い方と座学を教えてもらえるらしい。
白純も片腕での武器の使用に慣れるいい機会なので、黙々と素振りをする。
「む……。君は随分と慣れているようだな。元の世界で誰かに教えてもらったのか?」
「……ええ、まあ」
白純が刀を振っているとガルドが白純の素振りを見て声をかけて来た。ガルド曰く白純はクラスメイト達の中でも最も武器の扱いになれているそうだ。未来も多少は使い慣れているようだが、それでも白純には及ばず、ぎこちない動きを続けている。
クラスメイト達は一通り武器の扱い方を教えてもらい、それを実践し終えた白純達は午後から座学へと移った。
座学は訓練場ではなく宮殿内の一室で行う。さらに、座学にはガルド以外にもう一人、教師役として付いてくれるそうだ。
「失礼するぞい」
座学部屋に入ってきたのは杖を持ったローブに身を包む老人だった。
「ああ来たのか。みんな、この人が座学を担当してくれる」
「ヴェリア・エックじゃ」
面倒臭そうに挨拶をしたヴェリア・エックと名乗った老人、見た目は物凄く頼りなさそうに見えるが、あれでこの帝国の宮廷筆頭魔法師らしい。それが、どれほどの強さかは分からないが、かなり高い地位にいるそうだ。
この座学ではその宮廷筆頭魔法師に魔法や魔力の扱い方、スキルの使い方について教えてもらう。
「まずはスキルについてから説明するかの」
スキルとは個人が持つ特殊能力。戦闘スキルから生産スキルまで様々なスキルが存在する。スキルの数は不明。スキルの使用方法も様々ある。自動で発動するものもあれば所有者の意思でしか発動できないものもある。中にはどちらでも発動できず、ある一定の条件を達成することで発動するものもある。
そこまで大人しく聞いていた、輝一が質問をした。
「あの、それじゃあ俺の『勇者』のスキルはどうなんですか?」
「『勇者』というスキルは効果がよく分からないからのぅ……」
「分からない?」
「うむ。文献に乗っている限りでは『勇者』には様々な効果があるらしい」
それは『勇者』持ちが困難に直面したときに何かが起きるとだけ、記されていたらしい。その何かとはその持ち主の置かれている状況、状態によって異なることが起きるらしい。それは同じ状況で、必ずしも同じ事が起きるということではないらしく、本当に何かが起きるとしか知られていない。
取り敢えず、スキルを発動させようということで、クラスメイト達が必ず持っていてかつ発動が簡単な『鑑定』のスキルを使うことになった。
『鑑定』とは対象のステータスや物体の情報などを読み取るスキルらしい。スキル発動には所有者の意思で発動できるらしい。対象に視線を合わせて『鑑定』と念じるだけで良いそうだ。白純も早速試に机を鑑定する。
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名前:木の机
分類:家具
説明:木で作られた机
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すると目の前に、半透明の、自身のステータスのようなプレートが現れ、鑑定した対象のことが表示された。
今度は人で試してみる。取り敢えず対象は……、ヴェリア・エックを対象にして『鑑定』をする。しかし鑑定結果が何故か出ない。しかもそれと同時にヴェリア・エックが凄まじい勢いでこちらを振り向いた。
ヴェリア・エックは白純を見据えると眼の笑っていない笑顔を向けてきた。
「そういえば言い忘れておったが生物を対象にして鑑定をするときは気をつけろ。鑑定はできるが同時に対象に違和感が送られる。更に相手が手練れであれば鑑定を防ぐ術も持っておるし逆に探知する術も持っておる。そういうことじゃから無闇に鑑定せんことじゃ」
鑑定したのが白純だと分かったのは逆探知をしたから。つまり、宮廷筆頭魔法師の名は伊達ではないということらしい。
生物を対象にするときは気をつけろと言っていたが、みんな遠慮無しに鑑定しているようだ。体中に違和感のような感覚が走る。どうやらこちらにも鑑定して来たクラスメイトがいるみたいだ。一人だけではなく、複数人で。向こうが遠慮無しに鑑定してくるのでこちらも適当に鑑定していく。
みんな、それなりにステータスが高い。スキルもそれなりに強そうなのがある。どんな効果だろうかと考察していると、未来達がこちらに近づいて来るのに気が付いた。
「ね、ねぇ、榮倉君。榮倉君のステータス、み、見てもいいかな?」
「もちろん私達のも見てもいいから、ね?」
「ああ、俺のも構わないぜ」
「……」
未来はおどおどしながら遠慮気味にそう尋ねて来た。友香や健吾はステータスを見せるのに、問題はないようだが輝一は不満そうだ。別に許可を取らなくても勝手に見ればいいのにと思ったが、未来の性格を考えればそれは厳しいだろう。
白純も特に隠すこともないので許可をする。
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名前:柏木未来
レベル:1
筋力:165
耐久:140
敏捷:180
魔力:100
スキル:『剣姫』『剣術』『体術』『縮地』『先読み』『身体強化』『並列思考』『思考加速』『気配感知』『危険感知』『魔力感知』『体力回復・小』『鑑定』『言語理解』
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名前:北垣友香
レベル:1
筋力:100
耐久:100
敏捷:90
魔力:200
スキル:『賢者』『全属性魔法』『回復魔法』『複合魔法』『高速詠唱』『並列思考』『思考加速』『高速演算』『想像構成』『魔力操作』『魔力感知』『魔力回復・小』『魔力消費軽減』『鑑定』『言語理解』
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名前:赤川健吾
レベル:1
筋力:170
耐久:190
敏捷:160
魔力:130
スキル:『騎士』『盾術』『体術』『金剛』『剛力』『体力回復・小』『気配感知』『危険感知』『身体強化』『全属性耐性』『状態異常耐性』『鑑定』『言語理解』
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名前:成富輝一
レベル:1
筋力:180
耐久:175
敏捷:185
魔力:195
スキル:『勇者』『剣術』『全属性魔法』『縮地』『身体強化』『剛力』『威圧』『思考加速』『危険感知』『気配感知』『魔力感知』『先読み』『高速詠唱』『体力回復・小』『魔力回復・小』『魔力消費軽減』『限界突破』『全属性耐性』『状態異常耐性』『鑑定』『言語理解』
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輝一以外許可をもらって鑑定をしているが、輝一は何も言わずに思いっきり鑑定を使ってきたので、こちらも勝手に見ることにしたのだ。その際、思いっきり睨まれたが知ったことではない。それ以前に、輝一のステータスは豚皇によって公開されているので鑑定したところで意味がないのだが。
と、ここで白純はあることに気が付いた。全員が何らかの『勇者』や『剣姫』などの役職を表すようなスキル、役職スキルを持っているのに白純にはそのような役職スキルが見当たらない。
なんど、鑑定しても結果は同じで、白純は今まで感じていた違和感がさらに大きくなったのを感じた。『鑑定』されたときの比ではないほどの違和感だ。むしろ、危機感と言ってもいい。
白純は隠すべきかと思ったが、すでに自身のステータスがあの豚皇に公開されていることを思い出した。
最悪だ。そう思わざるを得なかった。どうするべきか、考えても打開策が思いつかない。最悪、美恵に相談するしかないだろう。そう思いつつ、座学は進んでいった。