秘密の密会
深夜。
白純は寝る前に、また幻肢痛が襲ってきたので、治療をしてもらってから寝たふりをして夜が更けるのを待っていた。
「……そろそろか」
俺はベッドから起き上がり、部屋を出る。向かう先は、昼に約束をした美恵の部屋だ。
美恵の部屋に辿り着いた白純は扉をノックする。
「……どうぞ」
しばらくの間の後に声が響いた。
白純は、そろりと音をたてないようにドアを開き、中に入る。中には、ソファーに座って、優雅に紅茶を飲んでいる美恵がいた。
「……来ましたね」
「ええ。それにしても随分と寛いでいるようですね」
「まあね。……急に呼び出して悪かったですね」
「まあ、それは構いませんが。……用件は?」
白純は軽口もそこそこに、向かいのソファーに座り早速本題に入る。
「言わなくても分かるでしょう? あの皇帝についてです」
「あの豚ですか」
白純は顔を顰めて皇帝を豚呼ばわりする。流石に美恵も白純の豚発言に表情を引き攣らせる。
「ぶ、豚……。まあいいわ。あの皇帝、何を企んでいると思います?」
「……おそらく俺達を兵器として扱うつもりでしょうね。本当に魔人族や亜人族とやらが敵かは分かりませんがね。それよりも、重要なのが……」
「なんです?」
白純は少し、間をあけて答える。
「魔人族や亜人族ってどんな容姿をしていると思いますか?」
「……そうですね。魔“人”族ってあるくらいですから人に近い容姿をしているでしょうね」
「やはり、そう思いますか……。殺せると思います?」
「どうでしょうね。みんなは事態をあまり深く考えていないようですし。いつかは気付くでしょうが、それが戦闘中なら……」
「戸惑った隙に付け入られるでしょうね」
白純は美恵の言わんとする言葉を引き継いでいった。美恵もそれに頷く。
「後は帰還方法ですが……。どう思います?」
「嘘の可能性が高いですね。まずどうやって魔王城に忍び込んだのか。忍び込めたとしても、そんな悠長に調べられるとは思いませんね」
「そうよね……」
「それと、あの豚は同じ人族国家にもあるかもしれない、と言ってました」
「確か、多種族共存国家“オルペア王国”でしたかしら?」
「はい。おそらく、あの豚はその国と戦争をさせるつもりでしょう」
「どうやって?」
「魔王城には帰還方法があるというのが嘘だったとき、あいつらはきっとこう言うでしょう。『新たな情報が入ってきた。魔王城に帰還方法があるというデマを流したのはオルペア王国だ。オルペア王国は自身が所有する帰還方法を私欲で隠すために、そのようなデマを流した。オルペア王国は帰還方法の情報を渡すつもりはないので、仕方がなく、戦争することになった』と言えば、正義感に溢れた成富は、私欲で平然と人を殺せる国を許せないとか何とか言って攻めていくでしょうね」
「……ですよね」
「「……はぁ」」
白純と美恵は同時に溜息を吐いた。
「どうしましょうかねぇ……」
「どうしましょうか……。取り敢えず情報が少なすぎるんですよね」
「そうね……。しばらくは情報収集に勤しむしかないわね」
そう言って美恵はカップに追加の紅茶を入れた。ついでに、白純の分も入れてくれたようで、それを啜る。
白純は紅茶をすすりながら美恵をチラリと見る。
白純は半ば勘でだが、美恵がずっと気を張っているのを感じ取っていた。というより、白純を警戒していると感じていたのだ。やはり、あの事件のせいで信用されていないのだろう。白純自身もそれは別に構わないし、白純も美恵自身を信用していない。
お互いに気を緩めないまま、これから週一回の間隔で情報交換をすることになった。大した情報は得られないだろうが、それでもしないよりはマシだろうとのことだ。
白純にとってもそれは助かるので承諾した。そして、白純は部屋を出ようとしたその時、美恵がふと思い出したように話しかけてきた。
「そう言えば……榮倉君は左腕を失ったのに、そんなにショックを受けていないように見えるけど……大丈夫なの?」
「今更ですか……。そうですね、幻肢痛がするくらいで特に問題はありません。あるとすれば体力が大幅に落ちてしまったことと、バランスが取りにくくなってしまったことですかね」
「そう……。不運だったわね」
「そうですね。まあ、もう不幸なことには慣れっこですけど」
そう言って、白純は自嘲気味な笑みを浮かべ、部屋を出て行った。外側に面している通路の窓からはどこの世界でも共通なのか、綺麗な月が見えていた。
白純はそれをしばらく眺めて、部屋へと戻っていった。
その行動を含め、ずっと監視されていることに気付かずに。
翌朝、少し寝不足な白純は時間通りには起きれずに、メイドに起こされての起床となった。朝食は既に皆食べ始めているようで、急いで食べ始める。慣れない片腕だけの食事なので、四苦八苦したが何とか食べ終えた白純は、昨日支給された動きやすい服に着替え、集合場所の訓練場へと急ぐ。
訓練場には既に人が揃っているようで皆各々のグループで固まっていた。
白純はというと訓練場の隅の方で、一人でその様子を眺めている。しばらくそうしていると友香と未来がこちらに寄って来た。
「あ、あの榮倉君。その、えっと左腕……大丈夫……?」
「ああ……。まあ、大丈夫かな。傷も塞がっているし……。大変と言えば体力が落ちたことと、バランスが取りにくいことかな」
「そ、そうなんだ。……何だか大変なことになっちゃったね、私達……」
「まあ、そうだな……」
「帰れるのかな……」
未来の言葉で場の空気がシンと静まり返った。二人の顔をよく見れば目元が赤く腫れている。昨夜、不安で泣いていたのだろうか、それでも今も泣きそうになっている。白純はどうすればいいのか分からず、内心でおろおろするだけだ。
「まあ、大丈夫だ。お前の幼馴染がなんとかしてくれるだろ」
白純は取り敢えず、未来が一番頼っているであろう幼馴染の輝一の名を出して、安心させようとする。
だが、未来は安心するどころかぼろぼろと涙を流し始めてしまったのだ。
流石の白純もこれには動揺を隠せず、困惑顔で友香に助けを求める。だが、友香は初めて見る白純の少し驚いた後、白純の視線に気づき、そっと視線をそらされた。
白純はさらに表情を困惑顔に歪める。
「……ふふっ」
その一連を見ていた未来がふと笑い声を漏らした。白純もようやく泣き止んでくれたかと思ったが、その表情は未だ涙に濡れたままだ。
白純は未来の泣き顔に未だ困惑しつつも、落ち着いてくれたことに安堵し、ポケットからハンカチを取り出し、差し出す。流石に女が泣き顔を晒したままなのはどうかと思った白純なりの気遣いなのだろう。
未来もそれを感じ取っていたのか、表情を少し赤らめ恥ずかしそうにハンカチを受け取り、涙を拭いとる。白純もほっと一息を吐いたところで、新たな問題がやってきた。
「おい! 未来に何をしたぁ!」
怒気を含んだ声音と共に襲いかかってきた拳を白純はギリギリのところで躱す。
「っ」
「ちっ、避けるなぁ! 犯罪者が!」
「……何の用だ、成富」
殴りかかってきた者は、輝一だった。白純は突然殴りかかられたことに驚きを隠しつつも、どういうつもりか尋ねる。
「お前が未来を泣かしたんだろ!」
「ふぇ! ? わ、私、泣かされてないよ、輝一君!」
どうやら柏木未来が泣いていたのを輝一は見ていたようで、すぐそばにいた白純が泣かしたと勘違いしたようだ。だが、柏木未来はどういう状況か、すぐに把握したようで勘違いだという旨を話すが、輝一は聞く耳持たないようだ。
「……柏木もそう言っているようだが?」
「うるさい、黙れ! 犯罪者が口を開くな! 何故未来を泣かせたんだ! 答えろ!」
「……」
「何か言ったらどうなんだ!」
「……どっちだよ」
黙れと言ったり話せと言ったりと、結局どっちなんだ、と思っているといつの間にか人が集まってきたようだ。だが、輝一はそんなこと知ったことかと再び殴りかかってくる。
このまま避け続けるのも簡単だが、すぐに白純の体力に限界が来る。だが片腕しかない状態で輝一の動きを封じることもできない。いや、できるのだが片腕なので手加減が難しく、怪我をさせてしまうかもしれない。輝一は『勇者』というスキルを持っているので、うかつにステータスの低い白純が勝てば『勇者』である輝一は失望され、あの豚皇に何をされるか分からない。面倒事はこれから全て輝一に任せるつもりなのだ。変なことをして、白純が怪しまれるのもあれなので、取り敢えず殴られることにした。
「おらぁっ!」
そんな掛け声と同時に力強い衝撃が白純を襲う。白純は持ち前の耐久で何とか衝撃を殺しつつ、後ろに吹っ飛び盛大にこける。
「ぐうっ」
流石は『勇者』なだけあって、白純の150ある耐久では『勇者』の筋力には勝てないようだ。殴られた箇所がジンジンと痛む。これで満足しただろうか、そう思い輝一の方を見てみるとまだ満足していないようで、鬼のような形相で白純に跨り、連続で殴りかかる。
白純は呆れつつ、仕方がないので腕で取り敢えず顔だけは守ろうとするが片腕しかないために上手くガードできない。しばらくそうして耐えているとようやく、助けが来たようだ。
その助けとは、
「――しっ」
「ぐごっ! ?」
「せ、先生! ?」
そう。その助けとは美恵だ。美恵は助走をつけた状態で白純に馬乗りとなっている輝一目掛けて、蹴りを放ったのだ。
美恵に蹴られた輝一は訓練場の壁際まで吹っ飛ばされ、砂埃を立てて停止した。周囲の者はそれを啞然として見ており、白純の周りには未来と友香が近寄って来る。
「大丈夫!? 榮倉君!」
「あ、ああ。大丈夫……」
白純は未来に腕を引かれて起こされる。耐久がそれなりに高かったおかげでそんなに大した怪我ではない。精々打撲程度だ。
体に着いた、砂などを払っていると、輝一が起き上がった。
「う、ぐ……。な、何をするんですか……先生」
「君こそ何をしているのかな? 成富君、クラスメイトを殴るなんて。それも一方的に」
輝一は恨めしげな、憎悪さえも籠った視線を美恵へと向けていた。美恵はそれに対して笑顔で、問いかける。口は笑っているが目は笑っていない。
それに、白純も周りのクラスメイト達も少し威圧されたが、輝一は臆することもなく美恵に噛みつく。
「クラスメイト? そいつが? はっ、先生、何を言っているんですか。そんな奴がクラスメイトなわけじゃないでしょ。それにそいつは俺の未来を泣かせた。殴って何が悪いんですか」
そう言って輝一はこちらを睨む。だが、その視線は未来によって遮られた。
「何をしてるんだ、未来! そいつから離れるんだ、危ないぞ! こっちに来るんだ」
「危ないのは成富君の方だよ! 榮倉君は何も危なくない!」
「は? 何を言っているんだ。未来はそいつに酷いことをされたんだろ?」
「酷いことなんかされてない。輝一君が勝手に勘違いしただけだよ!」
輝一が呆然とした表情となった。輝一は未来が、白純に泣かされたと思い込んでいる。それを本人に違うと否定されたことによって輝一の思考は停止したのだ。そして、何を思ったのか、全く見当違いなことを言い出したのだ。
「っ、榮倉あぁ! ! お前ぇ! 未来を泣かすだけじゃ飽き足らず脅しまでもしているのかぁ! !」
「だから泣かされてないって柏木が言ってただろ……」
輝一の発言に、白純も未来もただただ唖然とするだけだった。白純が泣かせていないことを指摘するも、聞く耳持たないようで、息を荒くして睨み続けている。
それを見た美恵は溜息を吐きつつ、輝一に近づいていく。
「はぁ……。頭を冷やしなさい」
そう言って美恵が誰の目にも止まらぬほどの速さで鋭い蹴りを輝一の顎先に向けて放った。だが、
「そこまでです」
美恵を止める声が訓練場に響いた。