理由
「勇者様たちはこの世界“アルゴート”に勇者として召喚されたことはご存知だと思われる」
豚皇の確認するような視線に白純達は頷く。
「勇者様たちが召喚されたのには、訳があるのだ」
「訳……ですか?」
「うむ。現在この世界には危機が迫っているのだ」
豚皇の発した言葉にみんなが騒ぎ始める。
「皆、静かに! 今は話を聞こう」
輝一の宥める言葉で皆、落ち着くがその表情は一様に不安の色が見える。
「危機、というのは魔人族がこの世界を統一しようとこの世界を脅かしているのである」
どういうことかと、詳しく聞いてみると魔人族とは人族とは違う種族で、魔人族以外にも亜人族と言われる種族が存在している。魔人族の容姿は紫色の肌に、体中に赤い血管のような筋が浮き出ているようだ。魔人族は現在も継続的に人族領を襲っており、犠牲者が増え続けている。
そうして、その魔人族に対抗するために白純たち勇者が喚ばれたらしい。
「でしたらその、亜人族? という種族を仲間にすればよいのでは?」
「うむ。儂も一度、亜人族に協力を要請したのだが送った使者が襲われて戻ってきたのである。それ以来、亜人族の住む森に近づくと襲われるため、そちらにも手が割かれている状態なのだ」
「つまり、俺達はなにをすれば?」
「我々は魔人族と亜人族に手が割かれてしまい、戦力が足りておらぬ。なので、勇者様たちには魔人族を率いる王、魔王を倒してもらいたい」
「魔王……ですか?」
「うむ、魔王はどの魔人よりも能力が優れており、我々では歯が立たん」
「なるほど……だから勇者を。ですが俺達には戦うための技術や力なんかは全くない学生ですよ? 役に立てるとは到底思えないのですが……」
「それについては問題ない」
成富がもっともなことを言う。確かに、白純達は学生で戦闘の心得など持っているはずもない。だが、豚皇にとってはそんなことは想定内らしく、問題ないとばかりに言い放った。
成富がどういうことかと尋ねると、豚皇は、
「この世界にはステータスと言うものがある。それは召喚された勇者様方にも適応される。これがステータスだ」
そう言って豚皇が小さく、「ステータス」と呟くと、豚皇の目の前にタブレットサイズの半透明なプレートが現れた。
クラスメイト達がそれを見て、おおっと感嘆の声を上げる。
「このステータスには自分の能力を数値化されたものが記されており、さらにスキルと言うものが存在する」
その豚皇の言葉で更にクラスメイト達、特に一部の男子連中がおお! と喜色の声を含んだ大声を上げた。
「このステータスの一般的な平均値は50だ。戦闘に特化した者では、平均は70ほどだ。勇者様方のステータスの平均値はおそらく、100以上あると思われる」
「なるほど……。どうやって、そのステータスを確認するのですか?」
成富が、皆が気になっているであろう、ステータスの表示方法を聞く。現在もステータスを出そうとしている者がいるが、出せていないようだ。
「ステータスの出し方には少しコツがあるのだ。このステータスをよく、頭の中でイメージをして、ステータスと言ってくれれば出せるはずだ」
そう言われて、白純は豚皇が出したステータスをしっかりと頭の中でイメージし、ステータスという。すると、
「おおっ」
白純の目の前に半透明のプレートが出現した。そこにはこう記されていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
名前:榮倉白純
レベル:1
筋力:140
耐久:280
敏捷:120
魔力:300
スキル:『剣術』『体術』『気配感知』『危険感知』『並列思考』『体力回復・中』『魔力回復・小』『炎熱耐性』『気絶耐性』『痛覚耐性』『未来視・ 』『鑑定』『言語理解』
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
白純は初めて見る自分のステータスをまじまじと見る。自身の能力が数値化されているのだ。それを可視化でき、見る機会などないので気になってしまうのだろう。
勇者の平均が100以上だと言っていたので、白純のステータスは意外と高いのだろうか。他のクラスメイト達のステータスもよく分からないため、これが普通なのか分からないので、どう考えたらよいのか分からない。スキルの数は中々多そうには見えるが。
そうして思考に耽っていると、豚皇が話し始めた。
「ふむ、全員確認できたようだの。そのステータスをこちらでも確認させてもらいたいのだが良いかの?」
「ええ、構いません。こちらではあまり判断ができないので助かります」
輝一がそう言うや否や、テーブルの周囲にいた変わった服装の者達が一斉にこちらに寄ってくる。
突然、寄ってきた人達に白純達はどうすればいいのかたじろぐ。
「その者達にステータスを見せてくれ。それをこちらで記録させてもらう」
そう言われて、白純達はその人達にステータスを見せる。その者たちは白純たちのステータスを見ると驚いたり落胆したりと様々な感情を見せる。
ステータスを書き写すとその紙を豚皇に見せた。
「ふむふむ……」
豚皇が紙をめくっていく。白純たちには一見落ち着いているように見えるが、内心一人一人のステータスの高さに驚いていたりする。それを顔に出さないあたり、やはり最高権力者というだけあるのだろう。
「流石は勇者様方ですな。平均値は180以上。成長すれば魔王を倒すことも不可能ではないでしょう。特に成富殿。貴方のステータスは他の勇者様たちの群を抜いて跳びぬけております。将来的には一人で軍を圧倒する力を手に入れるでしょう。いやはや、私は運がいい。貴方のような勇者様が我等の味方になってくれるとは」
豚皇のその言葉にクラスメイト達はおおっと声を上げ、輝一に注目する。輝一は皆の視線を受け、たじろぐがどこか嬉しそうに見える。
豚皇が、輝一のステータスを見せてくれた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
名前:成富輝一
レベル:1
筋力:180
耐久:175
敏捷:185
魔力:195
スキル:『勇者』『剣術』『全属性魔法』『縮地』『身体強化』『剛力』『威圧』『思考加速』『危険感知』『気配感知』『魔力感知』『先読み』『高速詠唱』『体力回復・小』『魔力回復・小』『魔力消費軽減』『限界突破』『全属性耐性』『状態異常耐性』『鑑定』『言語理解』
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
『おおっ』
と、この部屋にいたクラスメイト達含め、帝国の人物達も感嘆の声を上げた。
「能力値もスキルの数も素晴らしいとしか言いようがない。平均値が正しく、真の勇者に相応しいステータスだ!」
豚皇が唾を飛ばしながら熱弁する。確かに勇者に相応しいステータスだ。スキルに『勇者』というスキルがある。あのスキルが成富を真の勇者だと物語っているのだ。誰もが認めざるを得ないだろう。
白純のステータスとは魔力以外、スキルの数も比べ物にならない。しかし、なぜ白純の能力値は魔力だけずば抜けて高いのか。それともう一つ、白純のスキル『未来視・ 』これの表記がどう見てもおかしい。バグなどないと思うが、どうも引っ掛かるようだ。もしかして、あれに関係するのだろうか、と考えていると豚皇が再び話し始めた。
「これで、勇者様方には戦う力があるということがお分かりになられたでしょう。どうか、我々を助けて頂けないだろうか」
そう言って、豚皇が白純達を見た。クラスメイト達は自分達に戦う力があると知って、皆一様に新しい玩具を手に入れた子供のようにはしゃいでいる。その様子を見た成富が仕方ないというように笑顔を浮かべながら溜息を吐き、話す。
「……俺は力を貸しても良いと思っています。俺たちには強力な力がある。だったら、人のために使うべきじゃないかと思っています」
「確かにそうだよな。それにこんな楽しそうなことを見逃せるはずもねぇ!」
「そうね。それに魔王を倒せば、私達って英雄になるんでしょ? 男達が寄って来て、より取り見取りじゃない」
成富がこの世界を救うために力を貸すと宣言すると、他のクラスメイト達もそれにつられて、協力すると言い始めた。しかし、
「ダメです」
今まで何も話さなかった美恵が放ったその言葉は、騒いでいたクラスメイト達を静めさせるのに十分なほどの力がこもっていた。いつものようなふんわりとした感じではなく、鋭い、冷気を感じさせるような雰囲気になっている。
「な、何故ですか? 先生」
普段と全く違う美恵に輝一がしどろもどろになりながらも尋ねる。
「何故? そんなことも分からないのですか、貴方は、いえ、貴方達は。……貴方は理解できているようですね、榮倉君」
「……ええ、まあ」
急に振られたことに驚きつつも、白純は嫌そうな表情を浮かべて答える。そのせいで周囲の視線が一斉に白純へと集まった。
「……どういうことですか、先生」
輝一が不機嫌そうに村主に尋ねる。それも無理はないことだろう。自分が嫌う奴が自分より現状を理解していると言われたのだから、それは不機嫌にもなるだろう。
「はぁ……。説明してあげて榮倉君」
「……分かりました」
白純は、嫌々ながらも説明することにした。断ろうとしても美恵からの無言の圧力が物凄いせいで断れない。
「ここに来てからずっと疑問だったことがあるんだが、誰も話す様子が無いので、てっきり俺が気絶しているうちに話し終えたのかと思っていたのだが……そうでもなかったようだな」
「……何がだ」
輝一が苛立ったように催促してくる。
「ここは異世界、俺達がいた地球ではないのだろ? だったら何故最初に思うべきことが出て来ないんだ?」
「だから何がだって聞いてるだろっ!」
「すみません、ぶ……ポーク皇帝。一つ、聞きたいことがあるのですがよろしいでしょうか?」
「……構わん」
白純はつい、豚と言ってしまいそうになったが、何とかこらえてあることについて尋ねる。
「俺達は元の世界に帰れるのでしょうか?」
その言葉で輝一達クラスメイトは、ハッとしたような表情となった。というか、今までよく気付かなかったなと白純も驚きを隠せない。
「はぁ……。で、どうなんでしょうか、皇帝」
「……勇者様たちが元の世界に帰還できる方法は……、我が帝国には存在しない」
「……はい?」
豚皇の言葉に皆は一様に間の抜けた顔を晒している。そして、だんだんと理解できたのかその表情は焦りに満ちている。
「……ど、どういうことですか? か、帰れないって何故ですか! ?」
「なんでだよ! 呼べるんだったら帰せるだろっ!」
泡を食ったように喚き立て始めたクラスメイト達は地位も何も知ったことかというように豚皇に食い掛かっていった。が、それは周りにいた兵士達に抑えられた。だが、それでも収まらない暴動に、輝一も止めようとするが中々収まらない。
「やめなさい」
そこに、絶対零度の如き声が場を支配する。その声の主は美恵だ。それは先程のものとは比べ物にならないほどのものだったが、そのおかげで騒ぎは収まった。美恵は豚皇に向き直り、話の続きを始める。
「ポーク皇帝、『帝国には存在しない』と言いましたね。では、どこにあるのでしょうか」
「それは……その帰還の方法について候補は二つに絞れている。一つは、同じ人族の領地、シヴノス帝国の協力を蹴った亜人族共と手を組んでおる、多種族共存国家“オルペア王国”が所持している。そして、もう一つは魔人族の領地にある。それも魔王が存在する城にあるらしい」
「あるらしい、ですか。どのようにしてそのような物の存在を知ったのでしょうか。教えてもらっても宜しいでしょうか?」
「それは我が帝国が所有する秘密組織の一つが命を賭してまで得てくれた情報なのです。流石に方法までは……」
「そう、ですか」
「これだけでは納得はできないかもしれません。ですが、必ず我々が帰還の方法を入手して見せます。なので、どうか、我々に力を貸してくだされ」
そう言って、豚皇が頭を下げた。白純はそれに内心驚く。白純はあの豚皇は絶対に頭は下げないと思っていた。だが、あの豚皇は頭を下げた。しかし、白純は見逃さなかった。豚皇の口元が酷く、歪んでいた。それは屈辱のためか、それとも勇者を利用するのに、何かを企んでいるのか。それは見抜けなかったが、これで豚港の思い通りになることは避けられなくなっただろう。特に輝一に対しては、効果は抜群だ。
それには、美恵も同じく気づいたようで、口元をひどく歪めていた。美恵はこちらに気付いたようで、同じく、こちらが豚皇の意図に気付いていることに気付いたようだ。
すると、美恵は何やらこちらに向かって、口元を動かしている。
(きょう……よる……へやに、こい? 今日の夜、部屋に来い?)
白純は、内容を理解すると周囲にばれない様に頷く。美恵も頷き返した。
「それでも、俺は力を貸します! 帰還の方法が魔人族の領地にあるのなら、魔王を倒せばそれが手に入る! 世界も救えて、俺達は元の世界に帰れる。一石二鳥じゃないか!」
「……そうよね、そうだよね! どうせ力があるなら人々のために有効活用した方がいいよね!」
「それもそうか……。なら俺も力を貸すぜ!」
そうして白純と村主が無言のコミュニケーションをとっている間に、豚皇の思惑通り、輝一はまんまと豚皇の策略に乗ってしまった。さらに、輝一につられて、他のクラスメイト達も乗っていくのだから、もはや止められる者は誰もいなかった。それに、白純と美恵は深い、溜息を吐くのだった。
魔人族との戦いを始めるに当たって、詳しい話や訓練は明日から始めるそうだ。その日は再び、部屋に案内されて、終わった。