不運な異世界召喚
光で視界を埋め尽くされた直後、白純達は浮遊感に襲われる。浮遊感は一瞬だったものの振り回されたような感覚が続き、若干ふらふらする。だが、ふらふらするのはそのせいだけではないようだ。左側が妙に軽い。
白純は左腕を恐る恐ると見てみると、やはりあの映像の通り左腕が綺麗になかった。元あった場所からは血が噴き出している。
「う、ぐ、ああぁぁ!!」
白純は痛みに耐えられず悲鳴を上げる。あの映像で疑似体験をしたとはいえ、現実とは違う。
周囲の者達が何事かと、こちらを見てくる。鎧の集団や、高級そうな服を着た集団、豪華な椅子に座る豚も同様にこちらを見て驚いていた。
豚はあの映像通り、ハッとしたような表情をした後、何かを鎧の集団に何かを叫び、鎧の集団は手に持っていた首輪のような物を隠した。
そして、どこからか響いて来た足音を聞きながら白純は意識を失った。
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光を直視しないように腕で目を庇っていると、謎の浮遊感に襲われた。それに驚き、目を開くとそこは先程の教室とは全く違う光景だった。
慌てて、周囲を見渡し直ぐ傍に幼馴染の未来と親友の健吾、友香がいて、安心する。その他にも、クラスにいた皆もいるようで、突然の出来事に呆然と口を開けて突っ立っていた。すると、後方からあいつの不快な悲鳴が聞こえてきた。
その声にひかれて全員がそちらを見てみると左腕を押さえて、蹲っているあいつがいる。押さえている左腕を見てみるとあることに気が付いた。あいつの左腕がなかったのだ。
俺はそれを見ても特に驚かなかった。別に罰が下ったのだろうとしか思っていなかった。周囲にいるクラスメイト達は何故か驚いていたが、何故驚くのだろう? と俺は不思議で仕方がなかった。
未来が、あいつに近寄ろうとしたが、俺はそれを止める。物凄く睨まれたが、俺は目をそらすだけで止め続ける。
と、そんなことをしているとどこからやって来たのか白衣を着た医者らしき集団がやって来て、あいつの周りに集まり、あいつに向かって手をかざし、何やら呟き始めた。
「っ!?」
あいつを囲んでいる集団の手から光の球が出現した。その球が白衣を着た者達の手から離れ、あいつに向かって飛んでいく。その球があいつにぶつかると思いきや、何と球があいつの体内へと消えていったのだ。
あの球を受けたあいつは一瞬発光したかと思いきや、血が吹き出ていた左腕の傷が塞がれていった。
その光景にクラスメイト達も目を見開き瞠目している。かく言う俺も目を奪われていた。あんな綺麗なものは見たことがなかった。
傷が塞がって、呼吸も安定したあいつは担架に乗せられ、どこかへと連れて行かれた。いつの間にかあいつの血も無くなっていた。いつの間に掃除したのだろうかと考えていると、豪華そうな椅子に座った肥満男が話しかけてきた。
「おほん、いいかの? 突然の事に驚いているであろうが儂の話を聞いて貰っても良いかの?」
「え? あ、ああ。はい、どうぞ」
突然話しかけられてしまったので、つい反応してしまった。あの身なりからしてかなりの権力者なのだろう。言葉遣いも適当なまま話してしまった。
肥満男はピクリと眉を動かした程度だが、周りの鎧の集団が腰に差してあった剣に手をかける。
「ひっ」
「構わん。彼等は未だ困惑中だ。仕方ないことだ」
「はっ!」
そう言って剣を納めさせた。
「す、すみませんでした」
「いやいや、構わぬ。こちらこそ驚かせてしまったようで申し訳ない」
俺はその言葉を聞いてホッとする。あの肥満男はいい人そうだと俺は思った。肥満男が裏で何を企んでいるとも知らずに。
その後は各々与えられた部屋で休みを取るよう言われたが、色々なことが起きすぎて、まったく眠れなかった。
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窓から入ってくる日差しによって、白純は目が覚める。左腕を見てみるとやはり腕が無かった。
しばらく、呆然と左腕のあった場所を見ていると、鋭い痛みが左腕に刺さってくる。
「ぐうぅ……!」
まるで、まだそこに腕があるという錯覚、いわゆる幻肢痛だ。
数分程、痛みに悶えていると部屋に誰か入ってきた。扉の方を見てみるとそこには、いわゆるメイドと言われる格好の女性がいた。
メイド姿の女性は痛みに悶える白純を見ると、部屋を出て行きどこかへと走って行った。
再び、白純が痛みに悶えていると、先程のメイド姿の女性が医者らしき男性を連れて戻ってきた。
医者らしき男性は白純の左腕に向かって、手を掲げると何かを呟き始めた。
それを痛みに耐えつつ、疑問の目で見ていると、医者の手から光の球が出現した。白純は突然の出来事に驚き、硬直する。呆けているとその光の球が白純に向かって飛んで来た。
光の球が白純の体内へと入っていき体が一瞬、淡く発光したかと思うと、左腕の幻肢痛が消えた。
「おお……」
白純は思わず感嘆の声を上げる。それに気を良くしたのか、医者の男性が誇らしげな顔をした。
痛みが引いたので周囲を見渡してみると、寝かされていたこの部屋はとても豪華で、天蓋付きのベッドにソファー、床には絨毯が敷かれている。白純は取り敢えず、メイド姿の女性にここは何処なのか聞いてみる。すると返ってきた答えは、
「ここはシヴノス帝国の王宮の一室です」
「……シヴノス帝国? ここは日本じゃないのか?」
「ニホン、とは勇者様の国なのでしょうか?」
「……勇者? 何のことだ?」
「勇者様はこの世界、“アルゴート”にこの世界を救う勇者としてシヴノス帝国として召喚されました」
「……救うってなにから?」
「魔人族からです」
「魔人族?」
「魔人族とは……。失礼、時間が来たようです。詳しいお話は後ほど、他の方々と一緒にお聞きください。ではこちらに付いて来て下さい」
「え、あ、はい……」
そう言うや否や、メイドは歩き出していった。白純も急いでそれに付いて行く。が、如何せん片腕が無いので、バランスが取りにくく、歩き難いようでふらふらと危なげに歩いている。
メイドがそれに気づき、肩を貸してくれようとしたが流石にそれは遠慮しておく。
そして、メイドに付いて行くこと数分、辿り着いた場所は長方形の長い、五十人は座れそうなテーブルと大量の椅子が置かれた、広い部屋だった。
テーブルにはクラスメイト達と豚、それに見たことがないおばさんと青年一人、女性二人が既に席に着いていた。さらに、そのテーブルの周囲にはメイドや執事、その他に変わった服を着た者達が佇んでいた。
クラスメイト達が白純を注目している。特に、左腕を見ているようだ。その視線には若干ではあるが憐みの視線も混じっていたが、白純はそれを気にせず、一番端の席に着く。
すると、隣には気付かなかったが、輝一を含む、いつもの仲良しグループがいた。
相変わらず、輝一の視線には敵意や監視のような物しか感じられないが、友香や、未来、健吾の視線からは純粋に心配をしてくれているような視線を感じられた。
白純が座るのを確認すると豚が話し始めた。
「ふむ。全員揃ったようだの。自己紹介が遅れた。儂の名はポーク・シヴノス。シヴノス帝国皇帝だ」
白純がその名前を聞いて思ったことは、「やっぱり豚だったか」だ。見た目も豚、名前も加工されているが豚だ。
豚の名を聞いて、何人か吹き出しそうにクラスメイトが数名いたが、そこは相手が皇帝なだけあって、堪えたようだ。
豚もそれに気づいた様子が無いようで、そのクラスメイトは命拾いしたようだ。
豚が名乗り終えると、豚の隣にいた高飛車そうな超厚化粧をしたおばさんが名乗り始める。
「私はシヴノス帝国皇妃、プタミル・シヴノスですわ。そして、隣にいるのは私の息子達、ヴァールナ・シヴノス、ネイネミ・シヴノス、ミスアリー・シヴノスですわ」
プタミルがそう、隣にいた青年達を紹介すると、青年達が自己紹介を始めた。
もう一人、第二皇子のポント・シヴノスという男がいるそうだが、彼は研究のことしか頭にないようでこの場には顔は出さないようだ。
「どうも、初めまして。シヴノス帝国第一皇子、ヴァーナル・シヴノスです。勇者様方とお会いできることを光栄に思います」
ヴァーナル・シヴノス。金髪翡翠色の瞳をした好青年に見え、中々モテそうな顔をしている。現にクラスメイトの女子が数名、あの顔に見惚れているようだ。
「次は私ですね。初めまして、勇者様方。私はシヴノス帝国第一皇女、ネイネミ・シヴノスです」
「私はミスアリー・シヴノスですわ。シヴノス帝国第二皇女ですわ」
そう言ってヴァーナル・シヴノスの次に自己紹介を始めたのは帝国の皇女二人。
どちらも美少女で金髪翡翠色の瞳をしている。さぞかし男連中共にモテることだろう。男子達も女子連中と同じく、あの皇女二人に見惚れている。何人か女子連中の中に例外がいるようだが。
その例外とは、友香とその親友、未来だった。
イケメンには耐性があるのかさほど気にしていない様子だ。輝一と健吾はがっつり見惚れているようだが。
白純はというと、あの皇族に嫌な予感しかしていなかった。どこか、裏がありそうな気がして、警戒している。
あのとき見えた首輪、あれは明らかに白純達に着けさせるつもりだったものだろう。直ぐに隠したようで白純以外のクラスメイトは気付いていなかったようだが、白純は二度、見ている。
おそらくあの首輪は、召喚直後、白純達を拘束して着けるつもりで用意していたのだろうが、白純のせいで着けさせるタイミングを失ったようだ。
一度目はそれで阻止されたが、あいつらが諦めるとは思えない。あの首輪が一体なんなのか見当もつかないが、おそらくまたあれが現れることがあるだろう。なんとしてもあの首輪の意味を確かめてみたいところだが、手段がない。
皇族に聞いてもはぐらかされるか、最悪は秘密を知ったということでどこかに隔離、もしくは殺害。
あまり迂闊な行動はできない。
と、そんなことを考えていると、いつの間にか白純達の自己紹介が始まっていたようだ。白純は相変わらずの空気扱いだが、全員が自己紹介を終えると、豚皇が白純だけ自己紹介をしていないことに気が付いたようだ。
「ふむ、君は?」
周囲の視線が一斉に白純へと集まる。白純は考えていたことをあまり顔に出さないように注意しながら自己紹介を始める。あまり、向こうを刺激しないようにも注意しながら。
「おれ……自分の名前は榮倉白純と言います。……よろしくお願いします」
無難な自己紹介だが、これでいいだろうと白純は自分で納得する。が、豚皇は白純の左腕を見て顔を一瞬だけ顰めた気がした。
「ふむ。……その左腕は確か、召喚された時に失ったらしいな。申し訳ないことをした」
豚皇はそう言って、謝罪するが、その瞳には一切の反省の色が見えなかった。白純はそれを見逃さず、警戒レベルを上げる。
全員が自己紹介を終えたことで、次の話に入ることになった。
「さて、勇者様方は突然の事態で驚いておられるかと思いますが、儂の話を聞いてもらえるかの?」
急に豚王に話しかけられた皆は相手が最高権力者なだけあって、どう対応していいのか分からず、周りを見渡している。
しかし、成富輝一だけは平然としているようで、代表で話すことになった。
「はい、俺達も現状を全く理解できていないので、説明して下さると助かります」
「うむ」




