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俺が幸せにする

作者: Lily

 手に持っていた花束を墓に供える。

 隣には、線香の代わりに、おまえの好きだった銘柄の煙草。その中から、一本抜きとって口に加え、火をつける。

 ゆらゆら立ち上る紫煙に目を細めながら空を仰いだ。

 雲一つない、真っ青な空。

「ここまでくんのに、時間かかっちまったな」

 視線を墓に戻して、そっと呟く。

「なぁ、俺、あいつと結婚することになった」


 あれからもう、十年になる。



「付き合うことになった」

 高2のとき、幼馴染で、親友で、悪友であるおまえに紹介された、クラスメイトの女。

 いつも一緒にいたのに、いつの間に仲良くなったのか。気が付けば二人だけだった世界が、三人になっていた。

 不良と呼ばれる分類に入る俺達は、よく傷を作っていたけど、彼女ができてから、おまえはいつも手当してもらっていた。それを、羨ましくもあり、微笑ましい目で見ていた。

 俺の手当もするというあいつを断って邪魔者は退散する。そんな俺を、何度も追いかけてきて手当するあいつに、いつの間にか惹かれていた。

「彼氏の親友なんだから、私も大事だよ」

 そう言って笑うあいつは、どこまでもおまえしか見ていなくて、嫉妬した。

 おまえより先に出会えていたら、何か変わったのかと。

 それでも、俺が好きだったあいつの笑顔は、おまえの隣にいる時が一番輝いていて、敵わない。

 俺は、おまえの隣で笑うあいつが好きだった。


 高校三年間、授業をサボったり、喧嘩したり、バイクを乗り回したり、煙草を吸ったり、酒を飲んだり。一通りの悪いことをやってきた。

 見つかれば怒られ、逃げて、捕まって、怒られて、一番鬱陶しかったのは生徒指導の教師。それでも、単位ギリギリでなんとか卒業できた俺達は、卒業式の日、髪を黒に戻して行き、生徒指導の教師に号泣された。


 卒業式が終わってお前に呼び出された俺は、おまえの言葉に驚いた。

「おまえ、あいつのこと好きだろ」

 ずっと、バレないようにしてきたつもりだった。一生叶わない想いは、胸に閉まって、一生お前らを見守ろうと思っていた。

「俺と、勝負しろよ」

 おまえに勝ったところで、あいつが俺のとこに来るわけじゃねえ。それでも、俺も、おまえも、ケジメをつけたいと。

 殴って、殴り返されて、倒れては立ち上がり。

 気が付けば、頭の上にあったはずの太陽が真横にある。

 オレンジに染まる空の下、決着のつかないまま倒れ込んだ俺達は、仰向けになって空を見上げる。

 なんつーか、

「青春みてぇ」

 俺の心を読んだかのように同じタイミングで同時にこぼれた言葉。

 一瞬の沈黙のあと、笑いがこみ上げてくる。二人で声を上げて笑うと、殴られた体に痛みが走る。

「いってぇ」

 涙目になりながら、それでも笑う。

「幸せにしねぇとぶっ飛ばす」

「当たり前だろ、俺が幸せにする」

 そう言って笑うおまえは格好良かった。


 おまえとあいつは進学して、俺は就職して、バラバラになったけど、しょっちゅう集まる。

 俺を呼ばずに二人でデートでもしろよと言っても、笑ってスルー。

 気を使われているような気がして、嫌な反面、嬉しくもあった。

 何となくあがった結婚の話題とかに、お前らの結婚式では、俺がスピーチしてやるよと笑う。

 これからも、ずっとこうして三人で笑っていたい。


 なのに、それは、唐突に訪れた。

 久しぶりの休み。家でごろごろしていたときにかかってきた電話。

「あの子、バイクに乗って、事故したって」

 泣きそうな声で話す、おまえの母親の声は、それ以上言葉を発することなく、泣き声に変わる。

 何が、どうなっているか分からなかった。

 携帯だけ持って家を飛び出す。バイクに乗ったほうが早いとか、何も考えられずにただひたすら走る。

 たどり着いた先は病院。受付で、怒鳴るようにして、場所を聞き、そこまで走る。そこに近づくにつれて聞こえてくるのは、あいつの悲鳴のような鳴き声。

 たどり着いたそこは、手術中の赤いランプが光る、大きな扉の前で、啜り泣くおまえの家族と、あいつがいた。

 どれだけの時間がたったのかわからない。

 泣き崩れるあいつを支えながら、歯を食いしばってランプが消えるのを待つ。その時間は、永遠のようにも感じられる程だった。

 扉が開いて出てきた医者の、手遅れだったと告げる声をどこか遠くで聞く。

 奇跡的に顔には傷一つなくて、どっからどう見ても寝ているようにしか見えないその顔を眺めていると、冗談だと笑って起きるんじゃないかと思う。それでも、その目が開くことは、もう一生なくて、ただ呆然とつっ立っていた。


 いつの間にか、葬式も終わっていて、いつもの日常に戻る。変わったのは、おまえがいないこと。

 あの日、青になり、交差点に入ったお前のバイクに、信号無視した酔っぱらいの運転する車が突っ込んできたらしい。

 俺は、その現場に足を向けることができないでいた。

 もう三人で集まることはなくて、おまえがいないと、あいつと会うこともなくて、そういえば、いつからあいつを見ていないのか、それすら分からないくらい、自分も混乱して、ただ、淡々と日々が過ぎていく。


「何やってんだよ」

 そう言って笑うおまえに会うのは何日ぶりだろうか。

 突然夢に現れて、俺の頭を叩く。

「何やってんだはこっちのセリフだ」

 そう言って夢の中で殴りかかる。

 言いたいことが山ほどあった。

 置いていくなとか、何で勝手にいなくなるんだとか、家族は、あいつのことはどうすんだとか、幸せにすんじゃなかったのかとか。

 全部言葉にならずに、ただひたすら拳をぶつける。

 夢の中だからか、手応えはねえけど、殴らずにはいられなかった。

 それでも、虚しいだけで、だんだん腕は下がる。

 それまで黙っていたあいつは、一言、わりぃと告げると、俺に最低な頼みごとをしてきた。

「あいつを、頼む」と。


 携帯の、着信を知らせる音で目をさました俺は、いつの間にか流れていた涙を拭いながら、電話に出る。

 聞こえてきたのはあいつの母親の声。

「いなくなった」

 その言葉に、家を飛び出す。

 二度も、大切なやつを失ってたまるかと、真っ暗な町を駆け回る。

 どうして気付いてやれなかったんだと。辛いのは俺だけじゃねえ。

 何より、彼女だったあいつの痛みは、どれだけのものだったのか。

 心当たりを、片っ端から探す。

 おまえが、今日、いきなり俺の前に出てきたのはそういうことかと思う。

 事故のあった交差点にある、歩道橋の上。

 橋の欄干に足をかけ、今まさに飛び降りる寸前。後ろから抱きしめるように、引き戻す。

 あと少し遅かったら、そう考えると体が震える。

「頼むから、お前までいなくなるなよっ」

 そう言って、抱きしめる。

 何も言わず、虚ろな瞳で、されるがままのあいつは、見ていて痛々しかった。


 それからは毎日のようにあいつの家に行った。

 ふと気が付くと、自殺しようとしていて、あいつの親と、俺と、何度も止めた。

 どれだけ呼びかけても、返事が返ってくることはない。ただ淡々と人形の様に生活する。

 それでも、そばにいた。

 あいつの両親に、もういいと言われても、やめることはなくて、ただひたすら、あいつのもとに通う。

 頼まれたから。それも大きい。

 でも、どうせなら、付け入ってやろうと。

 おまえが手放したんだから、おまえが泣かしたんだからな。

文句は言わせねぇ。


 1年、2年、3年とお前がいなくなってからも世界は回る。

 人形の様なあいつの元へ通うのは精神的にかなりキツイものもあって、辞めちまおうかと思うことも何度もあった。

 1年ぶりにあいつが言葉を発した時は嬉しくて、帰って泣いた。

 雨の日も風の日も雪の日だってあいつのもとへ通った。

 言葉を発するようになったあいつは、俺に当たるようになった。普段は何を言われても受け止めていたが、仕事が大変だった日には、余裕がなくて喧嘩になることもあった。

 その度に自己嫌悪に陥る。


 一昨年の夏だった。

「ねぇ、彼は今の私を見たら、なんて言うのかな」

 お前がいなくなってから初めて、あいつがお前の話をした。これまでは名前すら出さないようにしていたのに。

 その日から、少しずつ高校時代の思い出話なんかをするようになった。


「ねぇ、今までありがとうね、私はもう大丈夫だから、もういいよ。

あなたには、自分の幸せのために生きてほしい」


 突然行きたいところがあると、一緒に来たのはあの歩道橋の上。

 あいつは、じっと事故のあった交差点を見下ろしながらポツリとつぶやいた。

 また、死のうとしているのかと思った。

 だが、顔を上げたあいつの目には、はっきりと生きる意志が宿っていた。

 だから、伝えた。

 ずっと、心に秘めてきた思いを。


「俺の幸せは、おまえと共にあることだ」


 その言葉に、知っていたとでもいう風に一瞬目を伏せる。

 あの人を裏切るような真似はできないという彼女に、苦笑する。

 そういう性格だってことは、知ってる。

 何年そばにいたと思っているんだ。


「頼まれたんだよ、あの日、おまえが死のうとした日、あのヤロー夢に出てきやがって『あいつを、頼む』ってな」


 涙を流す彼女を抱きしめる。


「あいつの代わりに俺が幸せにする。

一生そばにいる」


 その言葉に、そっと頷く彼女。


 ふと、交差点で安心したように柔らかく笑うおまえを見たような気がした。



「やっぱ、お前にも報告しとくべきだと思ってな」

『当たり前だろ、俺の女なんだからな』

「いい女だよな」

『だろ?なんせ俺が惚れた女だぜ』

「あいつのこと、俺が幸せにするわ」

『俺の分も頼むわ、幸せにねぇと呪い殺してやるよ』

「まぁ、もうちょいそっちでのんびり待ってろよ」

『当分こっち来んなよな』

「また来るわ」

『次はガキの報告でも持ってこいよ、あと、酒も』

「次来るときはあいつも連れてくる」

『おう、待ってるぜ』

「じゃあな」


 風が、頬を撫でる。

 おまえが、近くにいるような気がした。

 くるりと背を向けて歩き出す。


「さてと、ウエディングドレス、選びに行くか」


『はぁ?何だよそれ、次来るときは、写真、写真持ってこいよっ』

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