2.悪魔の発明
東京郊外の小高い丘にある『創世計画』の主要開発施設に数十分で到着すると、彼は車を降りてすぐさま『メモリアス』の開発を行っている中央エリアに向かった。
小走りで施設内の廊下を行くと、十数分で中央エリアに辿り着く。
研究員のみに渡されるIDカードを扉の横のスキャナーにかざすと、電子音を鳴らして扉が開く。
中央エリア。その中は小さめの野球グラウンド程はある敷地が存在する。そして、中央には映像等を立体で映し出す装置に、施設を囲む壁にはおびただしい量のパソコンや液晶等が設置されていた。そんな中を、多くの研究員が行き交っていた。
「こんにちは、シンジョウさん」
「ああ、どうも」
通り過ぎていく研究員の挨拶に応えつつ、彼は奥に何人かの研究員と共にいるジャックの元へと歩いていった。
「お待たせ、ジャック」
「遅いぞ、タダユキ。三十分も待たせたな?」
「悪かったよ……。それで、君の言う『メモリアス』を作り出せるかもしれない装置っていうのはどれだ?」
「ああ、世界に革命を起こすであろう装置……これだ」
ジャックはそう言って机の上に置かれた黒と青で彩られたそれを指差す。
「おいおい、これじゃあまるで……」
少し機械に繋がれているコードの量が多いが、それを除けば何処からどう見ても最近世の中で流行っているVRゲーム機そのものだった。
「まあまあ、見た目に騙されちゃ駄目だぜタダユキ。確かにそいつは何処からどう見ても子供のお玩具に見えるが、その実かなりレベルの高い機械だ。詳しく説明するよ」
脳内電流サルベージ及び情報化システム『リンカーネイション』。それがこの装置の名前だとジャックは語った。
「人類……いや、この地球上に生きる全ての生命の脳には、僅かだが電流が走っている。そしてその電流が脳細胞を刺激し、体を動かしている……つまり、その電流こそが人間に於ける意思、所謂『魂』なのではないかと仮定した」
「電流こそが『魂』……」
「そしてだ。この装置はその脳内電流を強制的にサルベージし、装置の中で情報化を行う」
「という事は、魂を、人格をまんまソフトの様にPCの中にインストールすると、そう言いたいのか?」
「ああ、そういう事だ」
「無茶苦茶だな」
ジャックの語った装置の概要を、タダユキは一蹴。勘弁してくれよ、そんな、昔流行ったアニメーションの様なトンデモ理論を真面目に語られるとは……。
「確かに無茶苦茶だろうが、もう僕達に時間はそう多く残されていない。それに、『リンカーネイション』に期待しているアメリカの投資家も多くてね。それにあの、『イルミカラ社』もからだ。」
「『イルミカラ社』……ああ、あのタイヤ会社がか?」
超良質のタイヤで名を知られる日系企業『イルミカラ社』、タイヤだけではなくIT部門も存在しているらしい。
「実はかなり資金を援助してくれている。秘密裏にだが。情報生命化……若しくは、この装置を使っての『魂』の入れ替え、その先にある永遠の生命ってのを多くの人間は求めてるんだよ。で、タダユキ。君に残されている選択肢は二つだ。一つ目はこのまま残された時間を只管に画面を眺めイラつきながら過ごす。二つ目は、『リンカーネイション』に賭けて、何とか『メモリアス』を産み出すか、だ」
ジャックはそう言って中指と人差し指を立てる。
「……そう言われると、それを試してみない訳にはいかないじゃないか、そのトンデモ装置をな。私にはもうなりふり構ってられる余裕も無いしな」
「良い判断だ、タダユキ。君なら分かってもらえると思っていたよ。じゃあ、一週間後の朝から始めよう」
「始めようも何も、被検体はどうするんだ? まさか私達自身かい?」
「その点に関しては大丈夫さ、タダユキ。既に『イルミカラ社』の方が話を付けてくれているんだ」
ジャックはスマートフォンを取り出し、画面を弄る。
「手早いなあ、ジャック。私がすぐに実験を了承すると踏んでいたのか?」
タダユキは少し笑みを浮かべて尋ねる。
「さあ、それはどうだろうね。だが……君が誰よりもチャレンジ精神旺盛な研究者である事を信じていただけだよ」
彼は『リンカーネイション』を大事そうに撫で、答えた。
「そうか」
タダユキはポツリとそう呟いた。
翌日。彼らの前に、一人の少女が連れて来られた。やせ細った体に、ボロボロの服。ボサボサの髪の毛の少女は、名を尋ねられ口にする。
「……アンナ=ザックヴァント」
「どこの国の出身だい?」
タダユキが尋ねる。
「……分からない。わたし、ずっとひとりだったから」
「……そう、なのか」
たどたどしく喋るアンナを、タダユキは哀しい眼で見ていた。
「『イルミカラ社』が連れてきたというあの子……まだ若い女の子を被検体にするのはあまり快くないな」
「大丈夫さ、彼女は自ら進んで実験台になってくれたんだ。その分の報酬――環境の整った生活を送らせてやるという条件を呑んでくれたしさ」
「でも、もし上手くいかずに死んだら……」
「いいか、科学の発展に犠牲が付き物だ。犠牲なくして成功は得られない。そうだろう? それに、あの子は戸籍すらない、世界から抹消された人間だ。死のうがどうなろうが罪には問われない」
「そうは言ってもだな……」
「タダユキ、君は本当に心配性だなあ。私達はこれから世界を新しい方向へ導く事になるんだぜ? もっと胸を張ってろよ……そろそろ時間だ、行くぞ」
「……ああ」
タダユキはジャックにそう説得され、納得した。いや、納得しろと自身に言い聞かせてた。これまでの研究では、彼は人の命を扱う様な場面は無かった。故に、今回実際の人間を使って執り行う実験に、彼は非常に大きな罪悪感を持っていた。しかし、残された少ない時間に焦りを感じ、その罪悪感を心の奥に押し込めて、彼は実験を始めた。
……その決断が大きな過ちであったと知るのは、そう遠くない未来であった――。