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銃を構えて並ぶ男たちを前にして、スミレはひきつった笑顔を浮かべていた。
「はぁ?姉貴が教えた?・・・はは。あいつが裏切ったってか」
そんな訳あるか。アタシが裏切るほうがまだあり得る。
余裕の表情を浮かべるスミレは、再び乾いた笑いを上げた。その彼女に対して、男はわずかに肩をすくめながら言う。
「君たちは百億を超える姉上の複製を作ったんだ。そのなかに一人くらい裏切り者がいても、全くおかしくはないだろう?」
思いもよらぬ彼の言葉は、スミレを激しく殴打した。
余裕は完全に粉砕され、視界が歪み、暗くなる。
いくつもの姉の声が脳裏をよぎり、その声音の一つ一つが死をもたらすほどの痛みを彼女の心に叩きつけてくる。
「古代からの瞑想法や魔法陣の形状などを手掛かりに、君たちはこの宇宙をコントロールする偽のコマンドを千年に渡って探し求め続けた。それも命をかけて」
聞いているかどうか。スミレは心ここにあらずといった風情だが、男は構わずに続ける。
「電算機という発明は君たちにとって朗報だった。これまで積み上げた知識と人脈を用いて、君たちは人の精神をシミュレートする驚異的な電算システムを完成させた。最初に君たちが始めたことは、「預言者」である君の姉上のコピーをシステム上で走らせることだった。それは即ち、この宇宙と交信が可能なシステムが完成したことを意味する」
男は目抜き帽越しにも分かるほど、軽蔑の表情を浮かべていた。
「次に君たちは、コピーした姉上の精神を用いて実験を始めた。新しい偽コマンドを得るための、いわば人体実験だ。効果が確定していない偽コマンドなんて、適当に調合した猛毒のようなものだ。何百回も失敗し、その度にコピーは悲惨な最期を迎えた。業を煮やした君たちは、一連の作業を自動化して昼夜を問わず実験を繰り返し続けた。その結果が」
男はお手上げの仕草をしつつ、憐れむような目を向ける。
「百億以上の君の姉上というわけだ」
スミレは、まだ立ち続けている自分に驚いていた。
それと同時に、とうに折り合いをつけていたと思っていた過去が、こんなにも自分を蝕み続けていたのだという事にも気づく。荒い呼吸を何とか整え、定まらない視点をどうにかして固定する。その先に立つ男は、未だ喋り続けていた。
「我々は当時、君たちの遥か後ろを走っていた。何せ、Uメモリの技術を君たちから盗んだばかりという状況だったんだ。だが、逆転の日は突然に来た。ようやく構築に成功したUメモリクラスタに、未知のデータが入り込んでいたんだ。それが、君の姉上のコピーだったというわけだ」
そこで男はようやく黙った。
広い部屋に、かすかな空調の音だけが響く。
長い沈黙の果てに、かすれた声でスミレが言う。
「長年積み上げたものが、あっさりと盗まれて終わりか。あれだけの事をしたのに・・・」
その先は言葉にならなかった。おぞましい過去が再びスミレの両肩へと冷たい手を乗せ始める。彼女は唇を血が滲むほど噛み、涙ぐみながら足を踏ん張った。
だが男は不満げに鼻を鳴らす。
「君の姉上が自らこちらに逃げ込んできたのだ。盗んだというよりも亡命を受け入れた、と言うべきだろう。違うか?」
スミレは涙をぬぐい、毅然としているように見えることを祈りながら男を睨みつけた。
「・・・どうせアタシらの負けだ。殺す前に教えてくれ、あんたら何をやろうとしてる」
男は向けていた銃を下ろした。
「最初に言っておくが、君を殺したりはしない。こんなに長々と話をしている理由は、我々が君たちの秘密を全て知っているという事を理解してもらうため、そしてその上で、君が仲間になるよう説得するためだ」
スミレは思わず口を半開きにしていた。
「・・・何言ってんだ?」
「君は先ほど、フラグを編集するコマンドを使ったな。だがそれを実現する機能は君の脳には実装されていない。ではどうやってコマンドを実行した?君は姉上の脳を外部から利用したんだ。君はある程度の繋がりがある個人の精神に侵入し、その機能を使う能力を持っている」
スミレは驚きもしなかった。
もう一人の姉貴が向こうにも居るんだ。全て知られていて当然だろう。
「非常に貴重な能力だ。君の助力でその仕組みを解明できれば、姉上の能力をより高度に利用できるようになる。我々は現在、膨大なリソースを投入してこの宇宙のコマンドをほぼ網羅しつつある。君の能力さえあれば、選び抜かれた英知が宇宙を再プログラミングする事すら可能になる」
はは。大層な話だ。フラグの編集だけに留まらず、宇宙を自分達の好きなように書きかえるって?
「頭、逝っちゃってるな」
嘲笑うようなスミレの回答は、男にとって激しく心外だったようだ。この事業の意義も分からんのか、という調子で言い聞かせ始める。
「油注がれた牧者たちが、再プログラミングによってこの宇宙を生まれ変わらせるんだ。苦しみ、悲しみ、貧困、そして死という概念すら無くなった宇宙へと。我々は彼らの統治の下で完璧な幸せを享受し、永遠に生きることができる。まさしく天の王国の出現だ。これを聞けば、協力するに十分な理由だと思わないか」
男は驚いた様子で目を剥いた。
彼が言葉を終えると同時に、堪えきれなくなったスミレがゲラゲラと笑い始めたからだ。
「くだらねえ!ばかじゃないのお前ら」
しまいには腹を抱え、苦しそうに床にうずくまる。
彼女はヒーヒーと言いながら、なんとか言葉を続ける。
「マジくだらねえ。じゃあ聞くけどさ、その宇宙にアキバはあんの?」
「・・・アキバ?何を言っている」
「秋葉原だよ、秋葉原。東京駅のとなりのとなりにある電気街だ。知らねぇのか?」
「知っている」
その答えに、彼女の笑いがまた止まらなくなる。
「そんじゃあ、改めてもっかい聞くわ。てめえらの上等な宇宙には、アキバはあんのか?通りにはメイド姿の客引きや際どいグッズ抱えたオタクが往来してて、んで、ちょっと入るとエロ同人誌が山積みになってて、PCショップでは銃でバリバリ人を撃ち殺すゲームがデモられてる。そんなのを全部、そっくりそのまま残してくれんのか?」
男の目が無表情になっている。彼は平たんな声でそれに答えた。
「・・・残すはずが無いだろう。この宇宙の汚点を集積したような場所じゃないか」
スミレは眼球が転げ落ちそうなほど大きく目を見開き、耳まで裂けるような笑顔で言う。
「だぁろお~~!無ぇよな!」
そして胸いっぱいに息を吸い込み、力の限り叫ぶ。
「じゃあクソだな!クソオブクソ!そんな病院みたいな宇宙なんて無価値を通り越して害悪でしかねえよ!」
スミレは懐に腕を突っ込み、スモークグレネードを抜き出す。あまりに速く唐突なその動きに、男たちは全く反応できていない。
指先から、グレネードが転がり落ちていく。
それをスローモーションのように眺めながら、彼女は床を蹴り飛ばした。




