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誰かに体を揺すられて、廻は目を覚ました。
ぼやけた視界のなかで運転席に座るスミレが手を伸ばし、こちらを見ている。
車は、いつの間にか停まっていた。
カエデが外から後部座席のドアを開けると、大気を揺らす爆発音が直に体にぶつかってくる。恐る恐る雪の残るアスファルトに降り立った廻は、白い息を風にたなびかせながら周囲を見回した。
街灯もなく辺りは真っ暗だったが、閃光が頻繁に上空の厚い雲を白く輝かせるため、あたりの状況は何となく分かった。
そこは小高い山の麓だった。目の前には、木々に覆われた山道の入り口がトンネルのように口を開けている。
ここはどこなんだろう。
今、何が起きてる?
自らの体をきつく抱きながら疑問を堂々巡りさせている所に、背中を軽くつつかれる。見ると、タンクトップ一枚になったスミレがジャージの上着をこちらに差し出していた。廻がぼんやりとした表情でそれを受けとると、彼女は長い髪を風に揺らしなら、騒音に負けぬように大声を張り上げた。
「山道を半時くらい走るから!!もう少し頑張ってや!!」
*
揺れる背中にしがみつきながら、廻はあっけにとられていた。
前を行くスミレは、ナギを背負いつつ脇にも二本の木刀を抱えている。
後を追うカエデは廻を背負い、片方の腕にナミを抱いている。
これほどの重荷を抱えて、二人はこの細く険しい道を風のように走る。彼女らの華奢な体からは想像もつかない筋力だった。その速さは足が自慢の廻でも到底追いつける自信がなかった。
暗闇の中をジェットコースターのように蛇行させられ、周囲は爆音と閃光で騒がしい。めまいと恐怖で廻の魂が頭から抜けそうになる頃、一行はいつの間にか半ば木々に埋もれた古民家にたどり着いていた。
引き戸をくぐると、玄関の向こうには意外にも快適な空間が広がっていた。家具は最低限しか置かれていないが、空いたスペースにはメタルラックが幾つも並び、箱入りのフィギュアやゲーム機、漫画本、DVDパッケージなどが大量に陳列されている。
「アタシの隠れ家や。冷蔵庫に飲み物と食べ物あるから、好きに取ってや」
そう言いながらナギをソファに横たえた後、スミレは部屋の奥へと駆け込んで行った。
やがて戻って来たその腕には、大きなダンボール箱が一つ抱えられている。
「何です?」
カエデの問いには答えず、彼女は箱の中から柿色の装束を引っ張り出し始める。そのカビ臭さは少し離れた廻にまで届くほどだ。
「本家の様子を見てくるわ」
その答えに、カエデは狼狽しつつ異を唱える。
「やめなさい、自殺行為です」
「大丈夫、アタシの本職やから」
「本職って、いつの昔ですか!米軍相手に今さら乱破もないでしょうに」
「姉貴だってライフル相手に木刀振り回しとるやんけ。こういうのは気分なんや」
いつの間にか、スミレは使い込まれた風合いの忍者装束に着替え終わっていた。長い髪を後ろに束ね、背中には木刀ではなく短めの刀を担いでいる。
首に巻いた同色のスカーフを口元に引き上げながら、スミレはカエデに向き直る。
「優ちゃん達が帰って来とるかもしれんねん。迎えにいかんとな」
聞き慣れた名前に、廻は反射的に声を出していた。
「兄のことですか?」
スミレとカエデが、一斉に彼女へと振り向く。
「・・・そうです。お兄さんはとても遠くに行っていて・・・」
我ながら卑怯な言い回しだと思いつつカエデが答える。その後をスミレが引き取った。
「そんで、そろそろ帰ってくるところなんや!せやから、迎えに行こう思てるとこ」
その格好で?
村起こしのハロウィン祭りでもやってるの?
この爆発音は花火を打ち上げまくってるのかしら?
そんなわけがない。廻の脳裏に、ぐったりとしたナミの姿がよぎる。何かとてつもなく良くない事が起きている。たくさんの人の生死が掛かっている何かが。そもそも、このスミレの忍者姿があまりに様になっていて、コスプレに全く見えない。絶対に何人か殺しているように見える。
廻の表情を見て、スミレが明るい声で言う。
「なんも心配いらん。必ず優ちゃんを連れて戻るからな。それに、このおばあちゃんやけど」
彼女が指差す先には、おばあちゃんという呼び名からは遥かに遠い絶世の美女が立っている。その表情は苦悩に満ちていた。
「このおばあちゃん、廻ちゃんが想像するよりずっと強い。ここにいる限り絶対に安全や。だから、なんも心配せんと待っといて」
廻は返事もうなずきもしない。ただ不安げに視線を送ってくるばかりだ。スミレは苦笑いと共に短く息をつくと、コンパクトなバックパックを背負いながら玄関へと踵を返して歩き始める。
「ほな行くから。姉貴、絶対に廻ちゃんから離れんなよ。奴らはそこを狙ってくる」
カエデも無言だ。
スミレは玄関でブーツに足を入れながら、不満げに呟く。
「なんか言うてくれよ」
*
山の中腹から見下ろした本家は、無残な姿に変わり果てていた。壮麗な日本家屋は全て瓦礫に変わり、跡地には高さ数メートルの直方体が一つ残っているのみだ。
未だ激しい火砲が注いでいるが、その構造物に崩壊する気配は微塵もない。
双眼鏡を覗きながら、スミレは口元をニヤつかせていた。
「壊せまい壊せまい・・・死ぬほど頑丈にしといたからな」
と、ほくそ笑んだ直後だった。
閃光が視界を埋めつくし、直後激しい揺れが襲う。双眼鏡を外して見上げると、巨大なキノコ雲をかすめて飛ぶ航空機が炎の照り返しを浴びている。
舌打ちをしつつ首を前に戻すと、直方体の構造物はクレーターを残して木っ端みじんになっていた。そこに向かって兵士達がアリのごとく群がり、一斉に瓦礫を取り除き始める。
「・・・ふざけんなや」
彼女は慌てた表情で立ち上がると、急いで山の斜面を駆け下り始めた。その速度が尋常ではない。猿よりも機敏に木々を渡り、並の人間であれば足が砕ける速度で地面に着地、そのまま猛烈な脚力で走り続ける。
見る間に山を下り終えると、彼女は兵士の群れに突入していく。
気づかれたらしく、ビュン、という音と共にライフル弾が幾条か横切っていく。
前方の兵士達もこちらに気づいたのか、瓦礫を捨てて銃を構え始めた。
遅い。
彼女は両手指の間に六本のクナイを挟み、それを一閃させた。ドミノ倒しのように同数の兵士達が崩れ落ち、残りの者たちに動揺が走る。その隙をついて、彼女は「非アクティブ」フラグを自分に立てた。
直後、あらゆる人々の記憶から彼女の存在は消滅した。
銃撃が一斉に止む。彼らは自分達が今まで何に対して攻撃していたのか理解できず、呆然と周囲を見回していた。その横を難なく通り過ぎると、スミレは瓦礫の向こうに地下深く続くエレベーターシャフトを確認する。
彼女は勢いを殺さず、そのまま暗い縦穴へと飛び込んだ。




