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腕の安時計の液晶表示が、午後6時半を示している。
今日の訓練で一緒に組んだ女の子は、優と食堂のテーブルを挟んで座っていた。
そこは塾の宿舎となっているプレハブの一室だった。
一応暖房らしきものは入っているが、隙間風は入ってくるし、足元にはキンキンに冷たい空気が漂っている。
優は、空になったスープ皿を見下ろした。
パンとコーンスープという朝食みたいな内容だった。
量が少なく味も薄い。刑務所でも、これよりいいものを食べているだろうと思う。
だがこんな物でも、運動でヘトヘトになっている時には丁度よい味と量だったかもしれない。
一方、前に座る彼女は一切食事に手をつけていなかった。
「食べないの?」
「あん?」
「食べとかないと。ふらついたりして怪我するよ」
その言葉を聞くと、彼女は体を椅子に預けて天井を見上げた。長い黒髪が輝きながら流れる。
「どーでもええわ」
どうでも良くないんだけどなぁ・・・。
優は彼女を押したり、引いたりした大変さを思い出した。
障害物を乗り越える時に柔らかい尻を持ち上げたときは少し嬉しかったが。
そんな回想をされているとも知らず、彼女は捨て鉢な笑い声を上げて言葉をつないだ。
「知ってっか?あと一年もしないうちに、この世はリセットされるんだとさ。だったらさ、もうどーでもいいじゃん。たとえここで殺されてもかまわなくね?」
想定外に放たれた聞き捨てならない言葉に驚き、優は椅子から思わず腰を浮かせていた。
彼女はまだ何か話している。それが耳に入ってこない。
優は彼女の言葉をさえぎって、思わず大声で聞いていた。
「どこでそれを聞いたの!?」
彼女はぎょっとして、椅子の背もたれに抱きついた。
「なんだよ、急に食いつきやがって」
「君にも見えてるの!?」
困惑した彼女の表情が、にわかに真剣なものに変わっていった。
*
「ほお~、じゃあオレとオメーの他にもおんなじ症状の奴がいんのか」
「少なくとも、あと一人ね」
そこは20畳ほどの部屋で、食事を終えた少年少女が押し込まれていた。
普通は男女を混ぜると問題がありそうなものだが、草食系の極北である引き篭もりにそんな心配は無用とばかりに一緒くたにされている。実際そのとおりだった。
そのタコ部屋の隅で、二人は声を潜めて話し合っていた。
彼女の名前は道志ツバキ。彼女は自分をツバキと呼ぶように優に命じた。
彼女もやはり、視界に例のウィンドウが映っている人間の一人だった。
こんなに立て続けに出会うとは。もしかしたら、かなりの人間が同じ状態に陥っているのかもしれない。
優は、自分のウィンドウに並んでいるコマンドをツバキに告げる。
やはり翳の時と同じく、一つだけ違うコマンドがあった。
「オレのは「けんぎ」、剣の技、だな。剣術やってっから、オレにふさわしいな」
彼女は薄い胸を張ってそう言う。
「そのコマンドを選ぶとどうなるの?」
「なーんも出てこない」
ツバキはせせら笑った。
「そうか・・・僕も最初空欄だったんだけど、ついこの間妙な事件があってさ。一つコマンドが追加されたんだ」
自分の作成コマンドには、例の恐るべき水着の名前がまだ残っていた。
多分、何かのきっかけで項目が増えていくのだろう。
優は「さくせい」コマンドを実行する。
直後、彼は目を疑った。
いつの間にか、新たに一つの項目が追加されていた。
・せいけんエクスカリバー
優は瞬きをしてから、もう一度じっくりとウィンドウを見つめた。
一字一句、読み直す。
やっぱり「せいけんエクスカリバー」と書いてある。
パーじゃない、ちゃんとバーだ。
なんだ・・・このビッグネーム。最終兵器じゃないですか。
いきなりですか。
いきなり、こんなの作っていいんですか。
優は口をパクパクさせ、それを見ているツバキは、こいつアホかという顔をしていた。
*
メニューからエクスカリバーを選択すると、かなり事細かな作製方法が出てきた。
前回と異なり、今度は原材料の場所や、それを取りに行くべき時間まで説明されている。
ひらがなとカタカナで書かれたそれは非常に読みづらかったが、ペンも紙もないので我慢するしかない。
ここを脱出するという希望を、優はエクスカリバーに託していた。いかつい男達といえど、聖剣を向こうに回せばひとたまりもあるまい。
明日の約束を守るため、優は行動を開始した。
最初に指定された部屋の扉には、塾長室という札が付いていた。
今、その入り口に立っている。
隣には、ついていくと言って聞かなかったツバキの姿があった。
離れた部屋から教官たちの笑い声が聞こえる。酒盛りでもやっているようだ。
「なあ、入るのか入んねーのかどっちだよ」
躊躇している優の隣で、ツバキが先程からイラついている。
優は腕時計を見た。
指定されている時間はあと15分で終わる。
優は、翳の顔を思い出して覚悟を決めた。
ドアノブをひねると鍵はかかっておらず、扉はあっさり開く。
誰も居ない。
優は打って変わった大胆さで部屋の中に駆け込み、指定されたピンク色の箱を探し始めた。
ようやく見つけたそれは、棚のかなり奥にあった。
思っていたより細長くて、小さい面は10センチ四方程度、長さは50センチ近くある。
つやのあるダンボールで出来ていて、動かすとゴロゴロと中に何か入っている感触がある。
時計を見る。残り3分もない。
彼は汗を噴き出させながら慌てて部屋を出ようした。だがツバキが動こうとしない。
「チッ、家電はねぇか。しゃあねぇ、取り上げられたスマホを探すぞ」
「ちょっと!時間がないって!それに、荒らしたらここに入った事がばれて大変なことになるよ!?」
「もう大変なことになってるだろうがよ。つーかスマホがありゃ助けを呼べんだろ?アタマ使えよボケ」
「バカ!ここは圏外だってアゴが言ってただろ!」
「ウソっぱちかもしんねーだろ!!」
ツバキは言う事を聞かず、部屋の中のいろんな物をひっくり返し始めた。
限界だ。優は戦利品を脇に抱えると、暴れるツバキを無理やり引っ張って部屋を出た。
後ろで何かがひっくり返る音がするが、もう時間切れだ。
次の目的地は、資材置き場として使われている部屋だった。
優は殴られて痛む頬をさすりながら、アルミパイプと小ぶりな工具箱、懐中電灯がぎっしり入った青いコンテナ、電気コードを手に入れた。
「揃った、戻ろう!」
優はコンテナにまとめた荷物を抱え、慌てふためきながら部屋を出た。ツバキが不承不承、それに続く。
タコ部屋に戻ると、ツバキはそっぽを向いて胡坐をかいた。
まだ怒っているらしい。
優はその姿を横目に、エクスカリバーの材料を床に並べた。
懐中電灯から取り出した単1電池。二十個以上あった。
あとで使えるかも知れないと思いついた優は、電池を外していない懐中電灯を一つ、カーテンの後ろに隠しておいた。
次にピンク色の細長い箱に手を伸ばす。開け口は小さい面にあった。開けて、中に手を入れてみる。
肩口から盗み見ていたツバキが、げっ、と声を上げる。
とんでもないものが、のそりと箱の先から出てきた。
箱と同じピンク色をした、グロテスクな大人のオモチャだった。
エロゲで見たことがある。
スイッチをいれると、ウインウイン動くアレだ。
だが知識の中のそれよりも、遥かに大きい。
幼児の腕くらいある。まるで巨大ミミズのようだ。
ツバキが心底怯えた顔で体を遠ざけた。
「お、おめぇ・・・オレはこう見えても生娘だぞ、そんなん使われたらマジ死んじまうわ!!」
「使わないから!!安心して!!」
またこんな感じか。
優は既に、あきらめ始めていた。
こんなもんを材料にする聖剣があってたまるか。
物凄いものをお手軽に手に入れられるという、よくある旨い話。なんで引っかかっちゃうのか。
冷静に考えたら、こんな最果ての地で聖剣なんか作れるわけないのに。