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>コマンド?  作者: オムライス
第二話
7/120

*1*




唐突で申し訳ないのだが、優は今、雪山のただ中につっ立っている。



周囲は真っ白。森も山も地面も空も、全てだ。

遊びに来たわけではない。戯れにジャージ姿でこんなところに来る奴などいない。

何があったかといえば、何のことは無い。誘拐されたのだ。



今日は三連休の初日だった。

めぐるは受験合宿と称して、何人かの友達とその家族で二泊三日の旅行に出ていた。晩御飯は用意してくれていったが、そのほかは1000円札で賄うことになっていた。

優は寒いだのなんだのブツブツ言いながら部屋着の上にダウンジャケットを着込み、朝からコンビニへと弁当を買いに向かっていた。


その道中で、黒いハイエースに誘拐されたのだった。


持ち物は全部奪われた。そのあと緑のジャージに着替えさせられ、100円で売っていそうな安時計を腕に巻くよう強要された。そして現在に至る。


雪が止めどなく降ってくる。凍え死ぬ。

周りには同世代の男女が数人立っているが、彼らも自らの体に腕を回して背中を丸めている。

不安からか、何人かはすすり泣きを始めていた。


優も心底不安で逃げてしまいたいが、険しい表情の男たちが目を光らせていて、動ける雰囲気ではない。そもそも、ここがどこなのかすらも分からないのだから逃げようがない。



どれくらいそうしていただろうか。

雪を踏む音が聞こえて、一人のガタイのいい男が前に出てきた。ジャージの下にミッチリと筋肉が詰まっているのが、遠目にも分かる。


皆の目を一身に集め、男は彼らの前に立った。


男の頭は丸坊主で、つぶらな目は純真な子供のようにパッチリと開いている。

血色がよく、肌は赤ん坊のようにツルツルである。

顎が逞しく発達していて、赤いレンガのようだ。


彼は脇に抱えた拡声器のマイクを口に当てて、やけに艶のある声を張り上げた。


「えーみなさぁん、あすなろ塾にようこそぉ!塾長の天田でぇす!

どうせ君らは僕のことをアゴって呼ぶだろうから、もうアゴって呼んでくれていいよ」


拡声器は不要だろと突っ込みたくなる声量だった。


「突然連れて来られてびっくりしてるだろうけど、安心してね、僕らは君たちに危害を加えたりはしないからね。親御さんから預かった大事な命だもの」


アゴ、と自らを紹介した男は、皆に見せ付けるように満面の笑みを作った。


「さて、みんなにはこれから一ヶ月、ここで社会復帰に向けてのトレーニングを受けてもらうね。でもね、君ら半年から、長くて四年以上も引き篭もってきた難物だよね。それを更生させて世の中に復帰させようと思ったらね、一ヶ月なんて短すぎるんだな。だから僕はね、ハートマン軍曹方式で君らを叩きなおそうと思うんだね」


優は呆然としていたが、じわじわと何が起きたのかを悟りはじめた。

冷え切った体が、今度は内側から凍りつき始める。


どうやら母親が、自分をここに送ったらしい。


母親とはこの一週間連絡が取れていない。海外出張で家に帰ってこなかった。

つまり自分が再び学校に行き始めた事をまだ知らないのだ。


優は焦る。明日はかげりと遊ぶ約束をしていた。

絶対にすっぽかしたくない。ゴロの処理の仕方を教えてもらう約束なのだ。

グローブを両手に抱えつつ待ち続ける翳の、悲しげな姿が頭をよぎった。

その光景の辛さのあまり、優は顔を上げて隊列を抜け出した。


突然駆け寄ってきた優を、アゴは笑みを浮かべたまま見下ろしている。

その巨体を前にして、優は信じられない勇気を発揮した。自分がここに送られたのは手違いだ、連絡を取ってもらえれば分かると必死に訴えたのだ。

アゴは無言でそれを聞いていたが、優の右肩にそっと左手を置くと、ゆっくりと言う。


「うふふ~。みんなそう言うんだよね~。何を言っても無駄だよ。諦めてがんばろうね」


微笑む口に反してその目は笑っておらず、つぶらな瞳の奥からは邪悪な光が漏れていた。

肩に置かれた手に力が入り始める。そこから体に亀裂が入りそうだった。


優が苦悶の表情で首を縦に振ると、肩の手の力が急に抜けた。優は苦痛に喘ぎながら地面を見下ろしていたが、アゴに促されると、ふらふらと隊列の元の位置に戻った。


「みんなに言っておくね~、ここはどの携帯キャリアからも圏外だからね!それに僕らの協力が無いと下山は絶対に無理。だからさ、繰り返すけど、諦めてがんばろうね」


アゴは全員の顔を見渡し、満足げにうなずいた。


「さて。きょうは一日目だから、軽く運動しようね。腕時計は残念だけどプレゼントじゃないんだなー、五分前行動するために貸すんだからね!時間は厳守だよ!」



こんなクソダサい時計など、いらん。





それからやったことは、映画「フルメタルジャケット」とか、「ネイビーシールズ」とかを見てもらったほうが早い。


それだと無責任なので簡単に説明すると、


延々と走り回る

延々と丸太を担ぎ回る

延々と匍匐前進する

延々と自分の背の数倍もの高さがある障害物を乗り越える


といった、おなじみの新兵訓練を、だいたい十分の一程度の辛さにしてやらされたと思ってもらえればよい。もちろん、アゴの罵りが常にセットで付いてくる。


十分の一なら楽勝だと思われるだろう。

だが引き篭もりの体はガラスのようにもろい。

具体的には、腕立て三回もやれば確実に使用不能になるほどもろい。


一方、フルメタルジャケットに出てくるむくつけき男達は、腕立てなんて百回くらいは普通にこなす。つまり、引き篭もりは多く見積もって彼らの3%程度しか筋力が無いのだ。

計算上、引き篭もりがフルメタルジャケットの十分の一の訓練に耐えるには、現状から最低でも333・33%のパワーアップが要求される。


何を言ってるのか自分でも分からなくなるが、つまりは無理なのだ。

そんな無理な状況に、一緒に組まされたバディのやる気の無さが加わる。


組まされた相手は、優と同じくらいの背丈をした女の子だった。

最初に強い印象を受けるのは、眉のあたりで切りそろえられた黒髪の奥で輝く、その目だ。


怖い。


わざとなのか生まれつきなのか、いっつも目を剥いているのだ。

別に瞳が小さい印象はないが、そのせいで三白眼という言葉がぴったりだった。


それさえなければ、名工が作り上げた日本人形みたいな外見だった。

長く腰まで伸びた漆黒の髪は、真っ直ぐで艶やかだ。

うりざね顔も、白く曇りが一点もない肌も、作り物のような美しさを持っている。

目さえ普通にしてれば和風美人の典型と言えた。


だが優は正直、この娘が苦手だった。目が怖いのは置いといて、とにかく不真面目な上に、口が物凄く悪い。あの廻より悪い奴など初めてだ。


優は座り込む彼女の腕を引っ張り、二人分の丸太をかつぎ、罵り声を上げる彼女を後ろから押して頑張ったのだが、結局、疲労困憊となった上に最下位となってしまった。




二人は雪かきをしていた。最下位の罰だ。

温厚な優もさすがに怒っていた。

なぜなら、彼女はここでもサボっていたからだ。

しかもサボりかたが腹が立つ。

突っ立っているだけでは寒いと、スコップを動かしているのはいい。

だが動かしている場所が問題だ。彼女は雪を捨てる場所でスコップを振るいまくっているのだ。

捨てた雪が戻ってくるお陰で、仕事が進まないどころか増えていく始末だ。

本気を出した彼女は、優よりもずっと早く動けていた。


優はため息をつき、スコップを雪に刺してから彼女の元へと歩いた。

なにをやっているかと思えば、彼女は一心不乱に穴を掘っていた。


「・・・なにやってんの」

「見てわかんねぇのかよ、落とし穴掘ってんだよ」

「・・・念のために聞くけど、誰をおとすのさ」

「はあ?アゴにきまってんだろボケ」


彼女は片眉を上げて、例の三白眼で優をねめつけた。

優はため息をついた。


「どうやって」

「そりゃおめぇ、おびきだすのよ」

「だから、どうやってさ」

「そりゃおめぇ・・・うっせぇボケ!!」


彼女は憤慨し、優を無視して再び穴を掘り始めた。

優はしばらくその様子を眺めていたが、この作業を完了させてから雪かきしたほうが早いと考え、盛大にため息をついてから穴掘りを手伝い始めた。

そんな優に彼女は意外な顔をしていたが、上機嫌な表情になると穴を掘る速度を加速させた。


変な奴と組まされたなあ・・・。




優は、何度目か分からない長いため息をついた。

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