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>コマンド?  作者: オムライス
第七話
63/120

*10*




この世界にはピンポン玉ほどの小さな月と、故郷によく似た大きな月の二つが浮かんでいる。今は小さい方しか空にかかっていない。弱いその光に照らされた広大な草原は、夜の海を思い起こさせた。優の持つ光を放つ球体が、狭い範囲を照らすばかり。


優は腰に両手を置いて長い息を吐いた。

街外れをぐるりと調べたし、もう充分だろう。確かに、自分達はこの街に閉じ込められている。


透明な壁に当たってその場で走り続けるゲームキャラクターを思い出す。あれは興ざめする光景だが、自分がキャラクターの立場でそれを体験するとは思わなかった。外に向かってしっかり歩き、足にもその感触があるのに、周りの世界がついてこない。この世界から見放されたかのように感じる不気味な体験だった。


アゴと翔も、同じように困惑していた。一方トラにはこの壁は何の影響も与えないらしく、彼女は境界線など無いかのように振る舞っていた。


「・・・どういう仕組みなんだ?」


優の独り言のような言葉に、ルダは生真面目に答える。


「仕組みなどない。私がここから出られないよう決めた、それだけの事だ。この宇宙はゴミ捨て場だ。法則を検証する実験場ではない」

「実験場?」


優がルダの話を遮り、険を込めた声で詰問する。


「ルダ、実験ってなんだ」

「・・・相互理解を先にしておくべきだった。街に戻りながら、まずは宮ヶ瀬優、あなたの事を詳しく教えてくれ。その内容によって、どの程度まで深く説明するかを考えようと思う」


優はルダを睨み付けていたが、ややあって頷くと歩き始めた。残りの者達もそれに続く。





優の話を聞き終えたルダは歩きながら黙りこんでいたが、

街が近づいてきた頃になってようやく口を開いた。その声は弱々しかった。


「・・・なるほど。君が私を憎む理由が理解できた。だが、詫びるつもりはない。そうしたところで意味がないし、謝罪する事自体が不誠実だからだ。これからも私のオリジナルは膨大な数の宇宙を作り、遠慮なく人々を弄ぶだろう。今の私は、それを考えれば消えてしまいたいほど辛い気持ちになる」


ルダは、落としていた視線を隣で歩く優に向けた。


「君は自分の事を落ちこぼれだと自己紹介したが、私も・・・いや、私のオリジナルもそうだ。私のオリジナルは、はっきりと落ちこぼれた存在だった。だからゴミ箱で一人遊びに興じていた。私も君と同じ事をしていたのだ、上層の世界で」


優は怒りの目を向けた。


「僕とは全然違うだろ!確かに妹に迷惑はかけたけど、僕は誰かの命を弄んだりはしなかったぞ!!」

「私はこの世界の端末でゲームを遊んだ事がある。その中には人間を殺すものが散見されたが、君もゲームの中で人や生物を殺した事があるのではないか?」


優は片眉を上げた。何を言っているんだ、こいつは。


「ゲームのキャラは生きてないんだから、殺すも何もないだろ」

「なぜそう言い切れる」

「言い切れるって!!ゲームのキャラクターはプログラムで、心や命がないんだからさ!!っていうか、そもそも実在しないんだから」

「心とは、命とは、実在とは。それらが何なのか定義できるか?私にはできない」


街を目前にして、ルダは立ち止まった。

一行も自然と立ち止まる。

口ごもる優に、ルダは言葉を続けた。


「この宇宙の上下には、無限の階層が存在している。君が遊んでいたゲームの世界もその階層の一部だ。ゲーム内で動いているキャラクターたちは、彼らなりのレベルで知性を持っている」


淡々と語るルダの様子に、優は呆れた。

こいつは長年の苦労のあまりおかしくなったのだろうか。


「・・・なんでそんな滅茶苦茶な考えになるんだよ」

「なぜなら、私達は宇宙を作りながら、そこにいる君達が知性を持っているとは思いもしなかったからだ。君がゲームのキャラクターを見る時のように、君達を決まった動作しかしないプログラムだと考えていた。ところが同じレベルに降り立ったとたん、それが大変な勘違いだと気づいた」

「待って」


アゴが、横から口を挟んだ。


「おかしいじゃない、そんなの大発見よ。なら、この宇宙の人間を理不尽に苦しめるのを止めようって話にはならないの?」


「ならない」


「・・・どうして」

「私は、ここで忘れ難い体験をした。生きるという事を、失うという事を学んだ。だが、今の私にとって掛けがえのないそれらの感情や記憶は、上層世界のオリジナルの私にとってはあまりに微細な出来事だ。君達が原子を操作するように、上層世界の住人は宇宙を操作できる。この世界の住人が四次元でしか現実を認識できないのに対して、あちらは十六もの次元で物事を考える。そのスケールの違いが、あらゆる評価基準を変えてしまう」

「・・・つまり、あっちの住人は僕たちを虫ケラくらいに思っているってことか」


優の言葉に、ルダは心底困っている様子だった。


「誤解しないでほしい。上層世界の知性は、君達の価値にその仕組み上気付くことが出来ないのだ。君が細菌になり、彼達の尺度で細菌の命の重さと悲しみを理解したとする。戻った時に彼らの命を重く考えるようになるだろうか。そうはならないだろう。それは依然として細菌の生死でしかない。スケールの断絶が、相互の理解を隔絶している」

「いや、悲しんでいるということが分かったら考えを変えるだろ!」

「その悲しみは間違いなく君達人間のそれとは異質だ。ゆえに人間としては細菌の記憶が理解できない。理解できない以上記憶しようがないし、感情移入もできない。奇妙な体験として残るだけだ。君達はそれによって細菌を殺菌したり培養したりすることを止めないだろう」


優はこの会話に絶望感を覚え始めていた。


「なんでそんなに言い切れるんだよ」


ルダはそれに事も無げに答えた。


「私のオリジナル・・・いや、私達も、君達と同じ苦しみを抱えているからだ」


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