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「なんや、話しとらんのかい」
凍りついた優を見て、ドアの向こうの娘が呆れ顔になった。
「言うとくで、アタシはツバキちゃんやないからな」
優の隣に立つカエデは、その顔をしかめた。
「その似非関西弁は止めたらどうです」
「似非やないわ!四年も住んどったんやから立派な関西人やろうが!」」
娘は口を尖らせて腕を組む。その仕草までツバキそっくりだった。
カエデは諦めのため息をつくと、彼女を優に紹介し始めた。
「この子は私の妹の不二菫。不二は私の旧姓です。こう見えて私と同じくかなり長く生きていますが、いつまで経っても頭の中が成長しない。同い年だと思って付き合ってください」
それを聞いたスミレは忌々しげな顔をしたあと、優にサバサバした笑顔を向けた。
「・・・優君、難儀やったなぁ。こんなんと一緒にここまで来たんやろ?さぁ、入って」
スミレの言葉で我に返った優は、カエデを追ってドアをくぐった。
その先にはスチール製の棚が並んでいた。表札に偽りはなく、陳列されているのは大量のPCパーツだ。しかしいずれも薄くホコリを被っていて、来客の形跡は感じられない。前方のスミレは部屋の中央まで歩くと、両手を腰に置いてカエデに向き直った。
「それで、全部見てもらうって事でええんか?」
「ええ。全部」
カエデは目を伏せつつうなずいた。
その顔を眺めながら、スミレはニタニタと嫌らしい笑みを浮かべる。
「・・・こないな普通の子になぁ。今まで選びに選び抜いた人間にしか見せとらん。金だって莫大な額がかかる。せやのに、なんでやろね」
その言葉を聞いた優はカエデを振り仰ぐ。彼女の顔には、驚いたことに僅かな狼狽の色が浮かんでいた。
「余計な話はいいですから、早く準備を始めてください」
「へーへ」
スミレは踵を返すと部屋の奥へと歩き始めた。
*
奥には更にドアがあり、三人はその向こうにいた。
そこは中央に机が一つだけの殺風景な部屋で、汚れた壁や机の足跡が残る床など、まるで夜逃げ直後の有様だった。スミレは二人のためにガタガタのパイプ椅子を持ってきて広げると、自らは机の前の椅子に着席した。
机の上には一台のPCが鎮座していた。何の変哲も無い、一般的なデスクトップPCだ。
液晶モニタが2台接続されていて、今はログイン画面が表示されている。
スミレは椅子を回転させて、背後に座る二人のほうに体を向けた。
「優君、ここに何を見に来たんかカエデから聞いとるか?」
「・・・いえ、何も」
スミレは忌々しげな視線を一瞬だけカエデに送ってから、優の目を覗き込んだ。
「あのな、今から見てもらうんは私らの生命線や。これが一般に露見したり、破壊されたりしたら、恐らく世界のリセットはもう回避不能になる。優君が想像するより遥かに大掛かりで、貴重で、金も時間もようさん掛かっとるもんなんや」
優のピンとこない顔を見て、スミレが心配そうな顔をする。
「いきなりこないな事言われても困るやろけど、とにかく、大事なもんやから秘密にしたってな。アタシらも対策はちゃんと取るけども、本人に秘密を守る気がないと面倒やから」
なんだかわからんが。
優はとりあえず頷いておいた。
スミレはそれに頷き返すと、こちらに椅子を向けたままキーボードに手を伸ばし、PCにログインした。
「マシンが起動しとる間に、姉貴とアタシのことを話しとくわ。アタシらはこの宇宙の創造者と通信ができるんよ」
優は口を閉ざしたまま表情を変えない。
その様子に肩透かしを食らったのか、スミレは困惑の表情を浮かべつつカエデに視線を移した。
「・・・なあ、話しても無駄ちゃうんか。信じてもらえてへんで絶対」
「優君はこのところ、理解し難い事を矢継ぎ早に押し付けられていますからね。・・・そもそも話の内容が内容ですから、私も同じ立場ならこうなると思います」
カエデの心遣いはありがたいが、彼女が思っているほどには参っていない。優は軽く頭を下げつつ口を開いた。
「無愛想ですみません。驚く元気がないだけです。理解しようとはしてますから」
「そうなんか?リアクション薄いと辛いわぁ。これやと優君が精神科医であたしが患者みたいな絵になっとるやん。・・・まあええわ」
スミレはため息をつき、話を続けた。
「アタシらみたいな人間は、「預言者」と呼ばれとる。別の連中は「管理者」と呼んどるわ。あたしらが望んでも居ないのにそれになってもうたのは、およそ500年くらい前やな。正確なところは覚えとらん。以来、ずっと歳を取らずに生きてきた。昔からアタシらは「啓示」や「祈り」なんていう曖昧かつ無秩序な方法で「創造者」らと通信しとったんやが、そらもう酷いもんでな。はっきり言って弄ばれてるのと、なんも変わらん」
スミレの表情が険しくなってきた。過去の不快な記憶が蘇ってきたらしい。
「でな、最近コンピュータが発達してきたやろ。これのお陰であたしらはあのアホんだらどもの裏をかけるようになってきたんや。具体的には、あいつらがこの世界を記述するために使っている「言語」を解析して、偽のコマンドを発行できるようになってきたんよ」
なるほど。わからん。
優の顔を見るスミレも、話しながらそうだろうという顔をしている。
彼女はPCに向き直り、何やら操作しながら言葉を続けた。
「例えて説明するとな、テレビゲームのプレイヤーキャラが勝手にゲームのプログラムを書き変え始めてもうた、みたいな話やな」
PCのモニタには、グラフィックソフトのようなものが立ち上がっていた。
「これは「ハイパーグラフ」いうシステムが出力したデータを表示するソフトや。ハイパーグラフはごっつい巨大な処理能力が必要なシステムやから、このPCに載っているCPUでは何万年かけてもハイパーグラフを1デルタ、つまり1コマ分も走らせられん。しかも出力されるデータは十五次元やから、モニタに表示もでけんのよ。だもんで擬似的に三次元化してある。ようわからんやろうけど、これから見るものは、録画されて劣化した宇宙の姿やと思っといて」
ソフトに表示されているのは、細長い水晶のような美しい立体だった。スミレの操作に合わせて、その多面体の柱が画面の中で移動、回転している。
「これが、アタシらの宇宙や。棒状になっとるやろ。棒の下端がこの宇宙の始まりで、上端がこの宇宙の終わりを示しとる。つまり、この立体は宇宙の歴史全てを表してるんよ。あたしらがいるのがここ」
スミレは棒の上端を指差した。
「もう宇宙が終わる直前のとこやね。宇宙誕生から七千万年。その終わりに生まれるとか、どんだけ運が悪いんやろうな」
優は片眉を上げた。
「・・・歴史のすべてってことは、その機械を使えば未来が分かるってことですか」
こちらに顔を向けたスミレは、少しばかり嬉しそうな顔をしていた。
「察しがええやん。そうなんよ。この宇宙がこの先どうなるかを視覚化しとるわけやからな。ただし、未来は確定しとらん。だもんで過去に比べると形が不明瞭なんや」
スミレは自慢げな笑顔でモニタに映った水晶を指差す。
だが、それに答える優の声は冷たかった。
「未来が分かるなら無敵じゃないですか。リセットなんて簡単に避けられると思うんですけど」
スミレは口をへの字に結んだ。
どうやら優の反応にがっかりした様子だ。
「・・・残念ながらな、このシステムは人間という単位しか扱えへんのよ。もしそこから展開される情報も扱うとなると、そらもう無理アンド無理や」
彼女はソフトを操作した。水晶にカメラが近づいていく。見ていると、滑らかだと思っていたその表面は無数の光の集まりだった。
机の上のPCから、物凄い勢いで回る冷却ファンの音がし始めた。どうやら即死級の負荷を食らってグラフィックボードその他が抗議の悲鳴を上げているらしい。
「このシステムは人間同士がどういう繋がりを持っているのかという情報しか扱わん。個人の未来をおおよそには知れても、操作したり詳細に予見したりできるほど万能やない」
「それじゃ、良くできた電話帳と変わらないと思うんですけど」
スミレはカエデを振り返った。
「なんや、聞いてた話と違うで。ずいぶん頭の回る子やんか」
誰か良からぬ評判を流しているようだ・・・。
「確かに宇宙が丸々収まっとるという言い方は語弊があったわ。宇宙の骨格と言った方が正確やね」
スミレはPCの操作をやめ、優にまっすぐに向き直った。
「優くん、この宇宙はな、人間の心が作り出しとるんや。人間が物事を確信すると、それに矛盾しないように時空が生まれていく。だから人間の情報を掌握するということは、宇宙を掌握することと同義なんよ。充分な処理能力でこのデータを展開していけば、宇宙を完全に再現することも可能や。でもそれには宇宙に存在するエネルギーの全てが必要になる。つまり無理なんや」
優は怪訝な顔をした。
「どうもよく分かりません。これで一体、どうやって翳が・・・」
優はそこで言葉を切り、しばらく俯いた。やがて彼は拳を握り締めると、隣に座るカエデに顔を向けた。
「・・・カエデさんは、僕の逃げ道を断つと言ってました。具体的にこれで何を見せてくれるんですか?」
カエデはその視線を受け止めず、ただ口を開いた。
「優君の思う通り、これは万能でもなんでもありません。このシステムは、「創造者」からの情報を受信するために私の脳機能の一部をシミュレートしています。それとは別に、送られて来た情報を解析したり、こちらから送る偽の情報を編み出すためのシステムが存在します。どれも大量のコンピュータと電力を要求しますので、やれることは限られています」
優が見つめる中で、カエデの視線はモニターへと漂っていった。
「今のところ私たちは、このシステムを二つの用途に使っています。まず一つは、優君の言うようによく出来た電話帳として。人間が誰とどのようにつながっているかを把握できるのは大変なアドバンテージです。そしてもう一つ。電話帳の書き換えです」
モニターの中に浮かぶ光の一つが拡大表示された。そこには一本の光り輝く髪の毛が浮いている。さらに細い光の筋がそれに絡まり、まるでお祭りになった釣り糸のようになっていた。
画面を操作しながらスミレが口を開いた。
「この光の筋が優君やな。まわりに絡まってるのは優君と縁のある人間とのネットワークや。この記録を作成したのが4ヶ月前やから、ツバキちゃんとの繋がりはまだ無いな」
これが自分と言われても、まったくピンとこない。
「でな、この宇宙が動いている仕組みを優君に知ってもらう方法なんやけどもな。今からシステムを起動して、電話帳から優君の名前を消そうと思うとるんや」




