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>コマンド?  作者: オムライス
第六話
48/120

*6*




前を歩く翳が突然こちらに振り返り、後ろ向きに歩きながら話し始めた。

心なしか、はしゃぐような口ぶりだった。


「優さん、ゲームは好きですか。パソコンとかでやるやつです」


意外な質問だった。

優はすこしばかりあっけに取られてから、その問いに答えた。


「・・・けっこう好きだよ。こんどやる?」


翳はふふっと笑う。


「いいですよ」


笑顔の翳を見ていると、さっきまでの彼女の表情が夢の中の出来事のようだ。

そんな優の心境をよそに、翳は再び前に向き直って言葉を続けた。


「優さん、今までゲームを遊んでいて画面がガクガクしたり、遅くなったりした経験ってあるでしょう。あれって、実は現実の世界でも起きているらしいんですよ。それを引き起こしているのが私たち、ってことらしいですよ」


またその話か。優の眉間に深い溝が彫り込まれる。


「そんなバカみたいな話真に受けてるの?だいたいこの世界はゲームとは違うだろ」

「それじゃ私たちの視界に浮かんでいる、この妙なウィンドウは何なんでしょうね。そもそも、こんな精巧な世界に造物主がいないと思うほうが不自然なんです」

「じゃあ、誰かがこの世界を作って、僕らで遊んでるってことか?」


優の語気はすこしばかり荒くなっていた。翳は彼を落ち着かせるように間を置いてから、再びゆっくりと話し始めた。


「何かの目的を持ってこの世界を創り、私たちを生かしているんだろうなと思います。ここまでは以前から自分で考えていた事と同じです。昨日カエデさんから話を聞いて、それが確信に変わったというか。やっぱりなって思った次第です」


会話が宗教色を帯びてきた。優はそういう話が苦手だ。

翳はこちらを見ずとも、その空気を感じ取ったようだ。前を向いたまま真剣な声で言った。


「優さんはこの手の話題が嫌いみたいですね。でも私にとっては大事な話なんです」


優はため息をついた。


「・・・わかった、ひとまず聞くことにするよ」


翳はありがとう、と礼を言ってから、言葉を継いだ。その口調は活き活きとしていた。


「ゲームを作るときの基本なんですけど、余計な処理はできるだけ省くんです。この世界がゲームだと思ってみてください。優さんは今、前を見ているでしょ。だからこの世界は一所懸命に優さんの前に地面を作り、山を作り、空を作る。かわりに、優さんが見ていない背後の景色や、ずっと遠くの世界は手を抜いて作らない。そうやって、余分な作業を減らすんです」


また珍妙な話になってきた・・・。


「もちろん世界には沢山の人がいるから、誰も見ていない所なんてあまり無いように思うかもしれません。でも、実際には大量の「誰も見ていない」ところがあるんです。たとえば空気の流れとか、海の波とか、細菌とかウイルスとか。遠くの銀河なんかも。そういった人間の目に留まらないところでは、この世界は手を抜いておおざっぱな扱いしかしないんですよ。足りなくなったり、多すぎたりすると、世界はこっそりと波を増やしたり、細菌の量を減らしたりしているんです。それが自然のプロセスで増えたり減ったりするのをすっ飛ばしてね」


翳は立ち止まり、こちらに振り返った。

優は驚愕した。彼女が泣いていたからだ。そんな気配は微塵も感じなかった。


「その中でも最大の手抜きが、私みたいな存在です。私には親はおろか、親類も先祖も居ません。本物の孤児です。この世界の都合で、不足した秩序を補うためにその場しのぎで作られた紛い物。ゲームで言う「NPC」みたいなものの一人」


優は心臓を掴まれるような緊張を覚えた。

この馬鹿馬鹿しい妄想を全力で否定しなければ大変な事になる。彼はそう確信した。


「まてよ!!そんなバカなことがあるわけがないだろ!!」

「優さん、私はこの一年の間、ずっと自分という存在が泡のようだと感じていました。両親の記憶は毎日万華鏡のようにコロコロと変わるんです。何百もの幼少期を、何百もの両親と過ごしてきたような。私の父親は時に陽気で、塞ぎがちで、暴力的で。私の母親は時にやさしく、無関心で、冷たくて。私はそれが一人の人間の多面性だと考えて自分を納得させていましたが、今はなぜ、そんな不合理な考えに安住できていたのか不思議でなりません。実家だと思っていた場所に「初めて」行った今日、ぜんぶ、何もかも、分かったんです」


翳はついに、顔を崩して泣きじゃくりはじめた。


「私は、私は泡で、不要になれば消えてしまう。それが嫌・・・嫌です」


優は再び翳を強く引き寄せ、絞め殺さんばかりに抱きしめた。


「なんでそう決め付けるんだよ、思い込みだって!!どこにそんな証拠がある!?」

「だって、私の子供の頃の記憶には誰もいないのよ!今だってそう!!優さんとツバキさん、その二人しか私の中にいないの!!」


翳はこれまでの彼女からは想像もつかない激しさで泣いた。その震えを受け止めながら、優は荒れ狂う困惑と焦燥に翻弄され続けた。





ヤビツ峠の入り口には、秦野はだのの町を一望できる木製の展望台がある。

二人は今朝、バスに乗る前に展望台に寄ろうと話していた。

午後4時の半ばを過ぎて夕闇が迫るなか、二人はようやくヤビツ峠の展望台付近にたどり着いていた。約束を覚えていたらしく、翳はとぼとぼとその展望台へと足を進めていた。


前を歩く彼女は、どうやらこちらに顔を見せまいとしているようだ。優にはそれが救いになっていた。あの後必死になって説得したが、翳は考えを曲げてくれなかった。



ようやく展望台にたどり着いた時には、あたりはすっかり暗くなっていた。二人は無言で木製の螺旋階段を登り、やがてその上に立った。


目の前には、ばらまかれた砂のように町の光がまたたいていた。

人々の営みが、その一つ一つに宿っている。


光の海を前に、優は無言で翳を背後から抱き寄せた。普段の自分では考えもつかないことだったが、単純に寒かった。翳も、何の抗議もせずに彼が体に腕を回すに任せている。


「・・・優さん」


前を向いたまま、翳がぽつりと口を開いた。


「んん?」

「私、決めました。どうせ泡と消えるなら、それまでの間後悔しないように生きます。まずはこの世界の破滅を回避して、優さんたちが幸せに生きていける世界を残したい。それに、もうひとつ」


翳はそこで口ごもったが、優の腕の中で全身を強く強ばらせたあと、意を決して続けた。


「優さんと私の子供が欲しい。私がこの世に生きたという、確かな証が欲しい」


優は、すぐにはその言葉に答えなかった。翳は今、混乱して手近な自分に寄りかかっているに過ぎない。こんなブサメンと子供を作りたがる奇特な奴がどこにいる。だが、こんな時に寄りかかる相手にしてもらえるのなら、これ以上嬉しいことはない。


優は自分の頬を翳のそれに押し当てた。冷たさが伝わってくる。


「わかった。翳ちゃんの望みは何でも叶える」


まさか、こんな痛い事を言う日がくるとは。優は今の自分が恥ずかしくて仕方なかったが、それが紛れもない本心なのだという事も理解していた。結局、本当に誰かを好きになったり嫌いになったりというのは、かようにクサくてむず痒いものなのだろう。彼は苦笑いしつつ夜景を見つめ続けた。




その隣で瞳に光を映している翳の顔には、幸せな笑顔が浮かんでいた。


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