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優は、河川敷の駐車場に立っていた。
冷たい風が吹き、川の水面にさざなみを立てている。
空は青く、細かな雲が滑るように流れていく。
ここに来れば、もしかしたら会えるかもしれない。
いつものように、怒りながらこちらに歩いてくるかもしれない。
馬鹿らしい願望だ。
馬鹿らしいといえば、あの風見鶏も、彼女の場所を教えてはくれなかった。
今は何の手がかりも残されていない。
あの夜、優が意識を取り戻すと、そこは見知らぬ屋敷の一室だった。彼はその後別室に案内され、ツバキの祖母、カエデと再会した。彼女に以前見た朗らかさはなく、その顔は明らかに憔悴していた。
翳は何事も無く眠っていると聞き、彼はひとまず胸をなでおろした。だが、当たり前に元気にしていると思っていたツバキは、ここにはいなかった。その疑問を口にしたとき、老婆は呻くように言った。
「ツバキは・・・行ってしまいました」
「・・・はい?」
それから始まった老婆の説明を聞く間、優は呆けた顔をしていた。脳裏にはツバキの姿ばかりが浮かんでは消えていく。
ふてくされた顔。凛々しい背中。じゃれつく犬のような笑顔。驚いた顔。怒り顔。泣き顔から落ちてくる涙の粒。
そして最後に、こちらを見る悲しそうな笑顔。
優はぼうっとしていた。半分眠っているような気持ちだ。
「・・・ちょっと、おっしゃってる事がよく分からないです」
老婆は苦しげな笑みを浮かべた。
「あの子の事は忘れてください。全ては私の誤った目算が招いたこと。他の誰のせいでもありません」
そう言って、老婆は頭を下げた。
それから何があったのかは、よく覚えていない。気がつくと車のドアが閉まる音がして、朝日を浴びる自宅の前にヘルメットを持って立っていた。
怒鳴りながら顔を出した廻に生返事をしつつ風呂場に行くと、冷たいシャワーを全身に浴びる。寒さで息が詰まる。だが、うまく息ができないのはそのせいばかりではなかった。堪えきれず、彼は降り注ぐ冷水の中でわめき散らすように泣きだした。
今まではどんなひどい目に遭おうが、どんな情けない気持ちになろうが、心の底から自分が嫌いになどなったことは無かった。だが今は違う。なぜこんな事になってしまったのか、それすら分からない自分の無能さが憎い。守るべき人が失われようとしている時に、ただ昏倒していた自分の無力さが憎くて憎くて、たまらない。
靴の下で砂利が音を立て、優は夢想から目を覚ました。
彼女という存在が自分にとってどういうものなのか、失ってみるまで分からなかった。
今は、はっきりと分かる。
優は拳をきつく握り締めた。そして立ち上がると、その場を後にして歩き出した。
第四話 おわり




