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>コマンド?  作者: オムライス
第一話
3/120

*3*




紙ナプキン・・・便宜上、レシピ、と呼ぶことにしよう。

そこには、いろんな品物の名前が書かれていた。

優は不安げな顔をしていた。

それらの中に、ひときわ異彩を放つ物が一つまじっていたからだ。



・すくみずアクアマリン



これは、アニメ「アクアマーメイド すくみずガールズ!」に登場するヒロイン、「みなも」が装備する魔法の水着の事で間違いない。

こんな名前の物が、他にあるとは思えない。


実は。優の部屋の押入れにも、それが一着封印されている。

みなも、と書かれた白いゼッケンを胸に縫い付けただけの、ガチのスクール水着。購入価格18800 円。

ボッタクリ商品だった。


そんな思いもよらぬ物が、このレシピに何の脈絡もなく並んでいる。

優はここにきて再び、今起きている事の全ては、自分の妄想なのではないかと疑い始めていた。



考えながら歩いているうちに、駅近くのコンビニに着いていた。

前方を歩く翳が急ぎ足で店内に入っていく。


入り口で買い物カゴを取ってからの翳は、なかなかの手際のよさだった。

彼女はさっさと必要なものをカゴに放り込んでレジに行くと、バッグから赤いガマ口を取り出して支払いを済ませた。


中学生に金を払わせるとは屈辱の極みなのだが・・・あいにく優の手持ちはさきほどのハンバーガー屋で使い尽くしていた。


「これくらい払わさせてくださいよ。場所も借りるんですし」


申し訳なさげな優に、翳がそう言ってくれる。


翳の言うとおり、作業場所は優の家ということになっていた。

例のスクール水着が優の家にあるからだ。

それに家人も今の時間なら誰も居ないはず。


「あとはパイプクリーナーと入浴剤、それにサン◯ールですね、薬局で買えそう」


ダルそうな表情からは想像できない機敏な動きで、彼女は店を走り出ていく。

優は買い物袋を両手に提げて、その後を追った。





薬局に到着すると、翳は笑顔で自動ドアに突進していく。

それと入れ違いで、一人の小柄な男が出てくるのが目に入った。


優は男の顔を二度見してしまった。


同時に、心臓を握られたような感覚に身を固くする。

頭は必死に逃げだそうとするが、足が全く動かない。


男は虫を見るような目をこちらに向けた。


「肉じゃん、久しぶりだなぁ」


木島。

クラスメートで、優が不登校になった原因だ。

優の脳裏に、苦痛を伴う記憶がいくつもフラッシュバックする。


あまりのショックに不運を呪うことすらできない。

呼吸が荒くなり、手足が震えているのが自分でも分かる。


木島は小柄な優よりもさらに背が小さく、特に筋肉がついているわけでもない。

どちらかといえば、優と同類に見える。


しかしその残酷さは、持って産まれた才能としか言い様がない。

普通の人間なら相手に同情して躊躇するような事を、木島は呼吸するかのようにやってしまう。

まるで獲物で遊ぶ肉食獣のように。


無言で震えながら立っていると、木島は優の横に並び、その肩に手を置いた。


「またさ、お前のコレクション貸してくれよ。高く売れる奴な」


優が俯いたまま黙っていると、木島は表情を一切浮かべずに優の足をかかとで踏みにじりはじめた。


「聞いてんのかよ。お前んちに取りに行くぞ?」


家にだけは近寄らせたくない。そんなの死ぬ方がマシだ。

優はきつく歯を食い縛り、辛うじて言葉を押し出す。


「・・・明日・・・学校に持っていく」

「そっか。じゃあ昼休み、いつものとこでな」


優の肩をポンポンと叩いてから、木島は歩き去っていった。



どれくらい時間が過ぎたのか、分からなくなっていた。

気が付くと、翳がこちらの顔を覗き込んでいた。

優は彼女の表情を見て、自分は今、どれくらい酷い顔をしているんだろう、と思った。


「何かあったんですか?」

「いや、大丈夫だよ!・・・これで揃った?」


翳は物問いたげな顔で見上げていたが、優が話すつもりがない事を読み取ったらしく、やがて頷いた。


「じゃあ、うちに行こうか」


優は無理に笑顔を作り、歩き始めた。





優の家は、相模大野駅が出来る前に祖父が建てたもので、かなり古くボロい。

しかし田舎の一軒家の例に漏れず、広さだけはあった。

今は母親と妹、それに優の三人暮らしである。


二人は今、ガスコンロを前にして、買ってきた物を広げていた。


優はダウンベストを脱ぎ、むさいジャージ姿に戻っている。

一方の翳はダッフルコートを脱ぎ、長めの白いセーターと短いキルトのスカート姿になっている。セーターのモコモコ具合がいかにも柔らかそうだ。


女の子が家にいる・・・別に遊びに来てくれている訳ではないが、多少浮かれもする。


そんな気分は、翳の嬉しそうな一言で粉砕された。


「これは命がけになりそうですねぇ」


優は聞き違えたのかと思った。


「・・・え。命懸け?」

「そうですねぇ。混ぜると有毒ガスが出そうな物が沢山あるし、メントスとコーラとか、笑いを取りに来てるような組み合わせもありますね」


優の額に汗が吹き出し始める。


「・・・そうなの?」

「ええ。今どきユーチューバーでもこんなの混ぜません」


翳はレシピを見ながら、パイプクリーナーやらなんやらをどんどんコンロの上の中華鍋に注いでいく。

あまりに躊躇無いその手際に、優は止めるタイミングを逸してしまった。


「第一弾の材料を混ぜました。おっと、早くもガスが出てきてますね」


それを聞いた優は、慌てて換気扇の紐を引く。


「吸わないでくださいね」


翳は目をしばたたかせながら、コンロの火を着ける。その口許は物凄く嬉しそうな笑みを浮かべていた。


「優さん、残りの材料を持ってきてください。この、すくみずアクアマリン?とかいう奴です」





すくみずアクアマリン、とかいう奴を前に、翳は不思議そうな顔をしていた。


「スクール水着ですね」


優はそれを持った両手を翳に突き出しながら、真っ赤な顔を床に向けていた。

一方の翳は、なんでそんな物を優が持っているのかについて、全く意に介している様子がなかった。


「変わった名前ですねぇ。あ、もうちょっと待ってください。第二弾の材料を入れますんで」


翳がさらに錠剤やら液体やらを鍋に加えると、台所はガス室と化した。

鍋からはもうもうと色のついた煙が立ち上ぼり、土色の吹きこぼれが豪快に泡立ちつつ滴っている。

優は慌てて窓を開け、涙目になりながら叫んだ。


「これ大丈夫なの!?」

「メモによると、ビビって火を止めてはダメだそうです」


優はスクール水着を片手にレシピを見直した。

ひらがなとカタカナだけでは読みにくいので、可能なところは漢字に直してあった。

なるほど・・・確かにそう書いてある。


「今です!水着を鍋に!!」


突然の翳の叫びにレシピから顔を上げると、優は慌てて丸めた水着を鍋に投げ入れた。その直後、強烈な刺激臭と熱気に煽られ、優は悲鳴を上げて尻餅をついてしまう。

さすがの翳もこの瞬間は離れた所に退避し、恐れおののいていた。





数分後。


急に煙の量が減ってきた。

翳は恐る恐る鍋に近づこうとしている。

優はとっさに彼女を制止した。

そして覚悟を決めるとコンロまでダッシュして火を止め、アクション映画ばりに床を転がろうとして背中をしたたかに打ちつけた。



やがて煙が完全に止むと、二人は鍋を覗き込んだ。










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