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>コマンド?  作者: オムライス
第一話
2/120

*2*




「知恵の袋」でコンタクトを取ってきた相手は、出来過ぎなことに、そこそこ近くに住んでいた。

そんな訳で、待ち合わせ場所は地元になった。

相模大野駅の中にある、ハンバーガー店の前だ。



指定の場所に立っていたのは、小柄な女の子だった。

優よりも背が低い。130cm台だろうか。

年の頃は12、3歳に見える。


ショートカットで、白いキャンバス地のトートバッグ、紺色のダッフルコートとタイツ。

予め説明された通りの服装なので間違いはなさそうだ。


優は少し離れた場所から、彼女の姿を既に10分近く凝視していた。

その間、どんな声の掛け方をすればよいか何度もシミュレートした。その全てが通報される結末になった。


しかし、もう間もなく約束の時間だ。彼女をこれ以上待たせるのは悪い。

優は覚悟を決めると、歩き始めた。





「やびつかげり、といいます・・・よろしくおねがいします」

アップルパイとシェークを前にして、女の子はそう自己紹介した。


繊細な造形の可愛らしい顔立ちを、その表情が台無しにしている。

とにかくダルそうなのだ。

目は死んだ魚みたいだし、口もへの字に結ばれている。


別に優を前にしたからそうなのではない。

こちらに気づく前から、彼女はそんな表情だった。


優は相手の悪感情に異常なほど敏感なのだが、こちらを見る彼女の瞳の中に、蔑みの感情は一切なかった。身内以外のそんな女性は、物心ついてから初めてだ。


正直、感動している。


「は・・・はじめまして、宮ヶ瀬 優といいます・・・よろしくおねがいします」


こうして、二人は簡単な自己紹介を終えた。


問題はそこからだ。


会話が途絶えてしまったのだ。

彼女はスイッチが切れたロボットのように表情も変えず、瞬きもしない。

そんな状況が、既に三分以上続いている。


これはさすがにつらい。汗がどんどん額から出てくる。

優はこの状況に耐え切れず、手元のダブルチーズバーガーに手を伸ばし、包装紙をむいて口元に運んだ。


何の味もしない。


それを見てか、ハシビロコウのように動かなかった彼女が動きだした。

手元のアップルパイを手に取り、小さな口にそれを運ぶ。


二人とも黙々と食べ、無言のまま完食する。


たぁすけてくれぇ~。


優は紙くずと空になったカップを見下ろしつつ、心の中で悶絶していた。

そんな状況を変えたのは、かげりのほうだった。


「や・・・やびつかげり、という名前を文字にすると、ですね」


突然に彼女が口を開き、優は驚いて顔を上げた。

見ると、彼女は紙ナプキンをテーブルに広げ、ボールペンで何かを書き始めていた。


 矢櫃 翳


達筆だった。


「・・・こう、なります。かげり、なんて名前、普通は子供につけない・・・と思うのですが。私の父親は、有り体に言って馬鹿でして。たまたま気分が落ち込んでいた時期だったので、こんな名前に・・・なりました」


翳は名前が書かれた紙ナプキンを畳んで口もとを軽く拭い、それを丸めた。


「もし、父の気分がアガっていたときに名前を付けられていたら。私はもう、この世にいなかったと思います。ですので、この名前は・・・けっこう気に入っています」

そう言ってダルそうに笑う。


その笑顔が、優の心を急速に温めた。


「ぼ・・・僕も、自分の名前、嫌いじゃないよ。名前と正反対なので、よくからかわれるけど」


二人は互いに笑顔を浮かべた。

優はその時になってやっと、実は彼女も緊張していたのだと気づいた。



それからは、お互い固くならずに会話できたように思う。


まずは、「340日後のリセット」について話し合った。

今から340日後は、来年の11月18日。

翳はいろいろと各方面を調べてみたが、分かる範囲でその日にイベントらしいイベントは見当たらなかったそうだ。


「はなす」コマンドを実行してみても、今日は何も表示されない。

そのためカウントダウンが進行しているのかどうかも分からなかった。


優は、「知恵の袋」で相談してみる事を思い付いた。

翳はナイスアイディアですよ!と請け負ってくれた。


結局、それ以上は何も有効なアイディアや発見は無く、話題はそれぞれの近況へと移っていった。

優が自分のメニューウィンドウに並んでいるコマンドを説明し始めたあたりで、彼女は口を開いた。


「わたしの表示内容と違いますね、わたしは優さんの「さくせい」のかわりに、「じゅもん」という項目が並んでいます。それを選択したら、同じく空欄のウィンドウが出てきたんですけど」


彼女がごく自然に下の名前で呼んでくれているのが嬉しかった。

優は無意識に頬を緩めつつ、メニューウィンドウを眺めた。


ほぼ同じ症状の人が、少なくとも一人居る。自分だけの妄想と決め付けられなくなってきた。

それと同時に、自分の頭がおかしくなったという可能性が薄らいだ事に、少なからず安堵する。


優は改めて、自分のコマンドを上から順に実行してみる。

そして「さくせい」コマンドに差し掛かったとき、小さく声を上げてしまった。

昨日まで何もなかったウィンドウに、一つの項目があったからだ。


----------------------

さくせい


・きけんなみずぎ

----------------------


「どうしました?」

「いや・・・なんか、僕の「さくせい」コマンドに新しい項目が増えてるんだ」

答えながら、優は出現した項目にカーソルを合わせる。


新しいウィンドウが表示された。

そこには、30個ほどの品物の名前が並び、なにやら手順らしきものが書かれている。

優は翳からボールペンを借りると、表示されている文章を紙ナプキンに書き写し始めた。


「・・・これで全部だよ」


三枚ものナプキンに全文を書き終えると、翳の顔を見る。

彼女の顔は、期待の表情を浮かべていた。

ダルそうな目も気持ち光を放っている。


アイテムの装備可能クラスには魔法使いとあった。

翳のメニューウィンドウには「じゅもん」という項目があるのだから、期待も高まろうというものだ。


彼女はテーブルに両手をつき、こちらに体を乗り出した。顔が近い。いい匂いがする。

うれしいが、なんか怖い。思わず体をのけぞらせてしまう。


「この通りにやってみましょう、何かわかるはずです」


「い、いいけど・・・名前からして危なくない?」

「着ませんから」


着ないんだ。


翳の勢いは止まりそうもない。

優は言いよどんだ。彼は恐れを抱いていた。


彼がナプキンに書き連ねた品物の中に、とんでもない物が一つ、紛れ込んでいたからだった。



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