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>コマンド?  作者: オムライス
第三話
17/120

*5*




薄暮の中、峠に点在する民家の窓から、ぼんやりとした光がもれている。

それらを縫うように続く道を、被り笠と木綿の着物という古風な姿をした二人の子供が、手をつないで歩いていた。


雪に覆われた道に通る車はなく、二人のわら靴が作る足跡だけが点々と続く。

あたりは耳が痛くなるほど静かだ。雪が降り積もるかすかな音と、それを踏みしめる二人分の足音が響くのみ。


二人のうち一人は、青い着物を着込んだ男の子。年の頃は8つくらいだろうか。背中に大きなつづらを背負っている。漆黒の髪はおかっぱで、そのりんごのようなほっぺたには、先ほどぬぐった鼻水が糸を引いている。


一人は、赤い着物を着込んだ女の子。左手にまっすぐな木の棒を持ち、それを杖にしている。年の頃は男の子と同じくらいだ。


二人はどうやら双子らしい。女の子の長いまつげと男の子の少しだけ太い眉毛が、二人の間にわずかな違いをもたらしていた。


二人はやがて峠道をそれ、山の中に続く道を歩き始めた。

でこぼこした雪道は非常に歩きにくそうだが、それを難なく越えていく。



30分ばかり進んだだろうか。二人は森の中の空き地に立っていた。


男の子は背負っているつづらを地面に置き、その中に手を突っ込んだ。

引き抜いた手には能面がつかまれていた。コミカルな表情の猿の面だ。


女の子は、手に持っていた杖で雪の上に人の形を刻み始めた。

それが終わると、男の子が人形の頭部にあたる部分に猿面を置いていく。


こうして、つごう三体の猿面をかぶった人形が雪に横たわった。


女の子は笠を脱いで三体の頭側に立つと、杖を地面に突き立てた。男の子も同様にして、逆の足元側に立つ。

二人は空中に文字を書くような仕草をしながら、小さく何事かささやき始めた。


それが30分ばかり続いただろうか。二人は疲れ果てたように手を下ろした。

あたりは完全に真っ暗になっていた。女の子は杖を手に取り、男の子はつづらを再び背負うと、再び手をつないで空き地を出て行った。


後には、雪に横たわる人形が三体残された。





「う、ううううう・・・」


ツバキは瀕死の表情を浮かべていた。三白眼がいつにも増して怖い。


そこはバスの中で、ツバキは二人掛けの窓側に座って喘いでおり、優はその隣に座って彼女の背中をさすっていた。もう既に1時間近くこうしている。


優はしみじみと言った。


「弱点が、まさか車だったとはなあ」

「う、うるせえ・・・自分で運転する分には、平気なんだ」

「自分で運転して酔う奴はそんなにいないよ。というか、中学生が運転したらだめだろ」

「・・・う・・・うぉえ」


ツバキの上半身が、優の膝の上に覆いかぶさってきた。

頭の後ろで一つにまとめた長い黒髪が流れ落ち、心地よい香りが鼻腔を通り抜ける。優の心臓が大きく脈を打った。彼は慌てて彼女の上半身を抱き起こし、その華奢な背中をとんとんと叩いてやる。


それがいけなかった。ツバキは決壊した。



惨事からだいたい20分後。

下半身からすっぱい臭いをさせながら、優は雪に覆われた石の階段を見上げていた。

山奥へとつづくそれは、木々の暗いトンネルの中を真っ直ぐに伸びている。


「この先に、ツバキの家があるの?」


ツバキはさすがに気まずそうな顔をしていた。


「家っつっか、実家な。オレん家はこんなド田舎じゃねえから。バスが辛ぇんであんま来たくねえんだよな。・・・てかよ、バスってなんであんな臭ぇんだ?あれで酔わねえほうがおかしいだろ」


彼女はボヤきながら階段を登り始めた。優は荷物を背負いなおし、それに続いた。


「ゲロのほうが臭いよ」

「うっせえな!悪かったよ!」

「そんな苦しむなら、こんな遠くにわざわざ来ないで、ツバキがいつも練習してるとこで良かったのに」

「オレはガキんころ、ここで修行したんだ。今思い返しても、そんときが一番伸びたんだよ。ここで練習すんのはきっと意味がある」


優は、胸に温かいものがこみ上げてくるのを感じた。


「・・・ありがとう、ツバキ。がんばるよ」


ツバキはそれには無言のまま、登る速度を早めた。


「無理無理」

「これも修行だ!」





15 分くらい登ると、大きな建物の屋根が樹木の向こうに見えてきた。安心したのも束の間、あれは客が使う建物だから違うと宣告された。

そこから一時間近く登り続けて、優はすでに修行を終えた気分になっていた。両膝が大きく震え、手をそこに置いてゼェゼェと息をしている。

対するツバキは全く平然としており、息も乱れていない。バスで見せた姿が嘘のようだ。


ようやく階段が終わった先には、こじんまりとした平屋が夕日を浴びて建っていた。優は何とか視線を上げて、それを観察した。並々ならぬ古さが見てとれる建物だが、庭の造りも含めて深い趣が感じられ、清潔感に溢れている。

ツバキは無造作にその門をくぐると、呼鈴を鳴らすこともなく玄関の引き戸を開け、隣に立つ優の背中を押した。


「ほれ、さっさと入ろうぜ」





借りた浴衣に着替え、優は縁側に面した居間の掘りゴタツに体を埋めていた。


彼に対面しているのは一人の老婆で、優の顔を見ながらニコニコとしている。またも小さく可愛らしい妖怪といった感じだが、年齢を感じさせないほど姿勢がよく、まっすぐな背筋でしゃんと座っていた。

こんなにジロジロ見られたら落ち着かないものだろうが、何故かあまり気にならない。


自己紹介で、彼女は自らを道志カエデと名乗った。ツバキは彼女をばあちゃんと呼んでいた。

どうやってあの階段を登り降りしているのか不思議だ。だが彼女はあのツバキの一族。二階に登る階段くらいの勢いで、あれを普段使いしている可能性がある。


「たいへんですね」


唐突に老婆が口を開いた。優は微笑んだ。


「いえ、自分で望んだ事ですので。ツバキさんには感謝してます」

「そちらもまた、たいへん、たいへん」


老婆の言葉に深い意味は無いのだろうが、何故か妙に心配な気持ちになってくる。優は口を開きかけた。


その時、ふすまを開けてツバキが入ってきた。手には茶と菓子を乗せた盆を持っている。

ツバキはらしくない甲斐甲斐しさでそれを並べると、自分もコタツに足を入れた。彼女は微笑みながら言った。


「もう遅いし、修行は明日からにしましょう」


誰だお前は。

唖然とする優の足に、何かが当たった。


ツバキが無言の圧力を放っている。


「う、うん。分かったツバキさん」

「あとで部屋に案内しますね」

「・・・お願いします」


そんな二人のやり取りを、老婆は相変わらずニコニコと眺めていた。


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