Page2~クラリスの相談、ミナの憧れ~
クラリスは、幼馴染のミナと秘密の待ち合わせを行い、
サーヴァント王国の財政難と母の病気について相談をしようとするのだが……
あと十分で一時間だ。今日はもうだめかもしれないなあと、父から譲り受けたお気に入りの懐中時計をジャケットの懐にしまおうとすると、向かいの塔のちょうどクラリスの目の高さの位置に、光が反射して青空へと横切った。
急いで城壁の穴を確認すると、ビー玉が二つ寄り添っていた。
「クラリスっ!!」
小門の重厚な細長く黒い鉄棒の隙間から、ミナがひょっこり顔を出した。
「ミナ!!」
クラリスは、はやる気持ちを抑えながら内側から門を開けた。ミナは猫のように慣れた様子で、開けられた門の間から中庭へと入ってくる。
「久しぶりね、クラリス!!元気だったかしら。しばらく会えなかったから、心配していたのよ。」
「ミナ、来てくれてありがとう!ちょうど会いたいと思っていたんだ。ここ最近忙しくてね。特に、国のことと母のことで……。」
「そうね、うわさには聞いているわ。みんな、心配そうにしていたもの。王様のために、何とかしてあげたいってことと、これから生きていけるのかなってことと。」
ミナの顔に、中庭の月桂樹の葉の影が差す。クラリスは、ミナの月の色をしたソバージュヘアーを優しく撫でた。 ミナがクラリスを心配して、国のことを憂い、しゅんとしているとすぐに分かった。
「ミナ、ありがとう。私はミナの存在に救われているんだよ。もちろん、どうにかしたいのだけれど……。どうしたらいいものやら。母の病もこの国の医療ではもう治せないとのことだし、かといって、愛国心の強い母に無理をさせて他国に移住することもしたくないしなあ。」
ミナが目じりを緩ませながら、クラリスを見上げる。
「そうね。できれば、この国のことも王女様のことも、簡潔な方法で解決できたらいいわよね……。」
二人寄り添い、握り拳を頬にあてながらうーん、と唸る。
ミナといえば、昔、王子さまと好き合って結婚したいと言っていた……。クラリスは、またもそのことが頭の中をよぎった。
その時は、ミナが王子さまと結婚したら玉の輿だね!すごいことだね!と笑いあい、応援したものだが……。
「クラリス、私の夢、覚えている?」
ミナがクラリスの脳内を読み取ったように訊いてきた。
「うん、大恋愛をして王子様と結婚したいんだよね。」
「そう、それでね。ちょっと考えたのだけれど、クラリスは王子様と結婚する気はないのかしら。」
「えっ!!」
ミナの夢の話が頭をちらついていて気になると思っていたら、その可能性について引っかかっていたからなのか。
クラリスは、ミナから、王子様と結婚するということについて聞かれて、改めて気づかされた。
クラリス自身は姫であり、王子様との結婚が夢物語などではないことを。
「いやあ。結婚なんて考えたこともなかった……。ミナの夢として、結婚って幸せなのだろうなあと思うことはあったけどさ。」
「クラリス、私の夢、改めて聞いてくれる?それは、クラリスが今悩んでいることの解決にもつながるかもしれないの……!」
ミナの瞳が流れ星の輝きを放ち、眩しいほどだったので、クラリスはその勢いに押されるようにして目を細めて了承した。
「あのね。私はブロンドの髪と美しい青い眼をした王子様に憧れているの。背が高くて、賢くて、とても優しい王子様!その王子様が街の視察に来たときにね、偶然はちあわせて、一目で恋に落ちるの。国の中でも小さな町娘の私と神々しい王族の血を引いた王子様……身分違いの報われぬ恋。でも、それが二人の恋心をむしろ情熱的に燃やして、やがてその熱意が国民や王族の方たちの心を動かし、ついに結婚するまでに至るのよ!!!」
ミナが女優さながらにひらひらと蝶となって中庭を舞い踊り、ついには指先を伸ばしてスポットライトを浴びるかのようにポーズをとった。
クラリスは、昔からのことで慣れていたが、久々に熱の入ったミナの語り口を耳にして、少々苦笑いをした。
一体、その恋とやらが、そしてその後の結婚が、クラリスの悩みにどう関わっていくのか。薄々、どういった解決方法なのかということを予想しながらも、ミナの話を促す。
「それで、それがどう私に関係するのか?」
「うん。私の場合はね、とにかくある王子様のことが好きで、一緒にいたい気持ちが一番なの。ただ、それだけではなくて、町娘と王族が結婚するわけだから、私の家計的に助かるということも考えられるの。要は、今はお父様もお母様も苦労して、金銭的にもギリギリでお酒を売っているけれども、私が王子様と結婚することによって、お父様やお母様を少し楽にさせてあげることもできるのではないかなとも思っているのね。もちろん、それが一番の目的ではないのよ!!お金目当てで王子様と結婚だなんて、それは人として失礼だと思っているから!あくまでも、愛し合って結婚したいわ!」
「ああ、ミナはとても優しくて、人の心を大事にする子だよ。だから、大丈夫だよ。」
「ありがとう、クラリス。それでね、あなたは結婚に対してどう思っているのかしら。私は恋愛をして、愛し合って、お互いを必要としあって結婚するのが理想なの。クラリスがもし、結婚に対して特にこだわりがないのであれば、サーヴァント王国へ援助をしてもらうためだとか、王女様のご病気が治るために、医療技術の発展した国の王子様と結婚するというのはどうかしら。」
やはりそうか。クラリスはおおよそ、予想していたような話の運びになり、それが的中したことと、その内容に改めて戸惑った。
確かに、クラリスの立場であれば、違和感なく、一言で言うなれば政略結婚を行うことができる。
医療体制が整っている国ということは、ある程度、国としても安定しており、サーヴァント国を盛り返すために協力できるだけの余裕もあるかもしれない。
ただ、クラリスには心配があった。期待の目を向けるミナに柔らかい眼差しで、問うた。
「ミナ、その考えは私が今抱えている問題を解決するのには、とても良い策だと思う。だけれど、それは私がとても非常ではないだろうか。自分のこと、もしくは自国のことしか考えていないように思えるんだ。それに、私には恋愛感情というものが、イマイチよく分かっていない。王子様が必ずしも、自国のために結婚を考えるとは限らないし、それこそ、ミナのように恋愛をして好き同士で結婚することを望む殿方も多いはずだ。それに応えられるのか……。」
中庭に射す陽は赤みを帯びて、バラたちをロマンチックに照らす。夕方の五時にさしかかり、時刻を告げる城の鐘が鳴り響く。
ミナは微笑みながら、クラリスの少し紅潮した頬に手を添えて伝えた。
「大丈夫よ。お母様のため、お国のためという気持ちはクラリスの優しさですわ。その優しさを王子様にも捧げ、サーヴァントの国民と同じように相手国の国民の皆様も、愛すれば良いと思います。もし仮に、私がそれを指摘せずとも、クラリスなら必ずそうすると、私はそう思っているわ!」
「ミナ……。ありがとう、そうだね。こちらからも、できることを最大限、相手のために尽くし、助け合える関係が良いな!私、政略結婚について、お父様と相談してみるよ!」
「いいえ、私もクラリスとお話しできて、少しでもクラリスの力になれてよかったわ!また、お話ししましょうね。」
ビー玉をお互いの手に渡し、クラリスとミナは手を振り合った。
街には温かい街灯が燈りだし、サーヴァント王国が夜に包まれる準備をする。
まだ仄明るい夕暮れの空に、一番星がひとつ輝きを放った。