Page1~クラリスと幼馴染ミナ~
ある格式高い王国に、一人の聡明でとても明快な姫がいた。青空高くつきぬける高い塔の窓から、肘をつきながらつぶやく。
「ああ~、良いことないかなあ。」
クラリスは、耳たぶの下ほどの長さの黒髪を爽やかな初夏の風になびかせながら、天を仰いだ。
そして、だらだらと悪い方へと流されている身の周りの現状にため息をつく。
母の病気が発覚してもう三年になり、余命はあと一年を切ると言われている。
母はそれでも、上辺では三年前と変わらず今も美しく、城内はもちろん、国民全員に愛されていた。
毎朝、自室の窓から、城外の街を行く人々に誰にともなく、微笑みかけながら手を振るのを日課にしている。
その姿を見るたびに、クラリスは、いたたまれない気持ちと幸せな気持ちとが入り混じり、母の心中を察せずにはいられなかった。
また、クラリスの国――サーヴァント王国は、ここ数年財政が厳しく、国王である父は頭を悩ませていた。
サーヴァント王国は、サービス業が盛んな街で、ここ十年の間に一気に最盛期を迎えたものの、昨年一昨年あたりから、お金がまわらずデフレーションを起こしている。
十年の間に貯蓄していたお金で、失業保険を積極的に給付したり、公共事業を行ったりしてはいるものの、すぐに結果が出るわけではない。景気が悪く、このまま効果が得られないのでは数年で財政破綻を免れないかもしれないというのだ。
そんな現状に思いを巡らせながら、クラリスは、気晴らしにでも、幼馴染のミナに会いに行くことにした。
眼下に楕円形に空が切り取られたように囲まれている小さな中庭がある。
風に舞いあがったピンク色のバラの香しい甘いにおいが、クラリスを、こっちこっちと呼び寄せる。
それは、かつて寂しがり屋で引っ込み思案なミナがそうしていたのを重ねていた。
ちょうど、ミナもピンク色が好きで、ピンク色のパフスリーブのワンピースをよく着ていたものだった。
(今日、会えたらいいんだけど……。)
心の中で祈りながら、クラリスは跳ね馬のようにすらりとした足を弾ませて、自室から飛び出し、螺旋階段を駆けて下った。
ミナは酒屋の町娘であったために、いつも会えるとは限らなかった。
幼少期も、身分の差から、こっそりと中庭で落ち合って、くすくすと小声を中庭に響かせながら長話をしたものだった。
(久しぶりだからなあ~、日曜日のお昼にあの場所で。今も覚えているといいけれど。)
定期的には会っていたものの、政治のことで会議が立て続いていたため、一か月ほど顔を出せていなかった。
お城の中庭と城外とを隔てているレンガ調の城壁にちょうどレンガ一つ分の穴があり、そこにビー玉を置いて、城外から中庭につながる小門付近で待つのがルールだった。もしも、一時間以内にどちらかがビー玉に気付かず待っていなかったら、その日は残念ということだった。
クラリスは、丁寧に手入れされたバラの中を駆け、自然と笑みをこぼしていた。
やはり、幼馴染は特別な存在だ。ミナに会えることを考えるだけで嬉しく、心が引き締まるようだった。
城壁の隙間にビー玉がないことを確かめ、ビー玉を置く。そして、壁にもたれながら、小門を右側にして座り込んだ。
そう言えば、ミナは、小さいころから、憧れの王子様と結婚するのが夢なんだ、とそこら中の空気が華やぐような満面の笑みを浮かべながら語ってくれたなあ。
確かに、ミナはクラリスよりも女性らしく、おしとやかで優雅で、それこそ一輪のバラのようにかわいらしい女性だ。
比べてクラリスは、活発でどちらかというとガザツであった。勉学は好きだが、テーブルマナーや式典でじっとしているのが苦手で、どちらかというと乗馬や射的が得意で習っていた。
やんちゃな弟にも、姉ちゃんが男に生まれて国を継いだ方が良いんじゃないのか、とからかわれるほどだった。