約束された邂逅
少女の言葉は俺にとってありえないものだ。俺の妹である三里は俺のことを兄さんと呼ぶし、容姿も声も、何一つ俺の記憶にはない。
なのに何故なのか。俺は少女の、何故か名前も解る、カノンの言葉を受け入れていた。
何か大切なことを忘れているような、もう少しでそれが思い出せそうな、そんなもどかしい気持ちを感じながら、俺はカノンへと言う。
「俺とお前は兄妹じゃない」
「うん。そうだね。血は繋がってない。でも、私にとってユーリはずっとお兄ちゃんだよ」
俺の言葉に頷き、そう言うカノン。その言葉や仕草に嘘をついている様子は見られず、それとは別に加速度的に増していくカノンへの既知感。
「俺、は……」
頭がおかしくなりそうだ。まるで自分が二人いるような感覚。俺は有坂悠里であるはずなのに、俺の心の中にもう一人ユーリがいて、そいつが懐かしい、久しぶりだとカノンを見て囁く。
思わず頭を抱えてしまった俺にカノンは言う。
「自分が自分じゃなくなるような不安な気持ち。解るよ。私もそうだったから。でも大丈夫、すぐに思い出すよ」
言いながら手を振るカノン。それと同時にセラたちの周りに薄いバリアのようなものが張られる。
「何を……」
「お兄ちゃんは思い出さなきゃいけない。例えそれが死と隣りあわせだとしても。だって、そうしないと何も守れないから」
カノンの言葉が終わるかどうかの刹那。気がつけば。何もかもが消えていた。セラも、アリアも、フランも、カノンも。何もない、真実暗闇のような空間。
カチカチと音がした。何度も何度も。カチカチカチカチと、不規則に何かが鳴っている。気がつけば先ほどまで感じていた温もりは消え、まるで裸で雪山に置いていかれたかのような寒さを感じる。
そう、鳴っていたのは俺の歯だ。あり得ない寒さを感じて身体の震えが止まらないのだ。
しかも、この寒さは物理的な寒さじゃない。凍えそうなほどの絶望、文字通り震えの止まらない恐怖、そういった負の感情がまるで雪崩のように俺に打ち付けられているからだ。
カノンの言葉の通り、通常なら死んでいただろう。例外はない。有坂悠里という俺も死んだ。いや、死んでなければおかしい。なのに俺はまだ生きている。心の中のもう一人の俺が、ユーリ・クロフォードが死んでないからだ。
そして、俺の口から漏れ出た言葉と、暗闇の底から聞こえてきた声がシンクロした。
「「見つけた」」
その瞬間、俺の意識はその相手の放ったプレッシャーに掻き消え、闇へと包まれたのだった。




