アリアとの契約
「アリア、悪かったな……」
静かな、押し殺した声で、俺はアリアへと謝る。参謀からの指示だったとはいえ、やはり最初から助けるべきだった。
アリアが自分のために何をしようとしたのか、何をさせられそうになっていたのかを考えるだけで腸が煮えくり返りそうだ。
「何で、私の能力が……」
俺に首をつかまれたソフィアが、苦しそうにしながらもそう言った。能力を発動しようとするそぶりを見せるたびに、力をこめて威圧する事でその能力は発動していない。
だが、確かに俺はソフィアの能力をもろにくらった。生かしたまま身体機能だけを停止させる薬物の生成、それがソフィアの能力だ。
俺が仕事に行くたびに少しずつ俺の体へと蓄積させていたそれは、確かに普通なら今動けないだろう。そう、普通なら。
「悪いな。俺に状態異常は効かないんだよ」
「なっ」
俺の言葉に驚愕するソフィア。だが、事実だ。俺の身体はそういう風に作られている。そして、状態異常を受けると感覚でそれが解るのだ。仕事中にソフィアの用意した飲み物を飲んだ時の違和感はそれだった。
それが解ったから、フランは俺に出来るだけ情報を引き出すまで抵抗するなと言っていたし、俺はそれを了承した。
もちろん、今はそのことを後悔している。アリアに怖い思いをさせてしまった事を。そう、情報を得るなら最初からこうすればよかったのだ。
俺はいたって普通の動作で空いてる左手を使い、ソフィアの右腕を握った。そして、アリアに優しく言う。
「アリア、悪いけどしばらく目と耳を塞いでてくれ」
「…………」
「ひっ、やめて! お願い!」
俺がこれから何をしようとしているのか二人とも理解したのだろう。アリアは無言で耳を塞ぎ、ソフィアは何とか逃れようと暴れるものの俺の腕はピクリとも動かない。
そして、俺は何の躊躇いもなく、あっさりとその腕をへし折った。そう広くない地下空間に、しばらく絶叫が響き渡り続けたのだった。
「ふぅ……」
アリアを連れて地上へと出た俺は一息ついた。ソフィアは殺してはいない。国に引き渡したほうが言いというフランからの判断だ。ただ、途中から情報と一緒に汚物まで撒き散らし始めたので、地下に放置して地上へと出てきたのだ。
現在地はアリアが呼び出された建物からそんなに離れていない。今頃向こうはフランが上手くやっているだろう。だから、俺はアリアを連れて合流場所に行けばいいだけなのだが。
「…………」
きまずい空気が流れていた。アリアは叫び声がうるさいだろうからと耳を塞いだだけであり、俺がソフィアに質問している間もその目を閉じる事はなかった。
俺も容赦をする気は微塵もなかったとはいえ、それとこれとは別である。出来るならアリアには見せたくなかったというのが本音だ。
だけど、アリア一人を外に向かわせるのは嫌だった。今はアリアを一人にしたくなかったし、他の仲間が来る可能性もあったからだ。
しかし、きまずい。例えるなら溺愛している娘に悪事を働いてるのが見つかった父親のような、罰の悪さのようなものがある。
「あのさ……」
沈黙に耐え切れず、俺はアリアへと声をかけながら振り返ろうとした。だが、その前に背中にぽすっと軽い衝撃。アリアが抱きついてきたのだ。俺は振り返ろうとした姿勢のまま固まる。
「ごめんなさい……」
どうしていいか解らず、内心超おろおろしている俺にアリアはそう言った。だが、何を謝っているのだろうか。謝るのは俺の方なのだが。
俺がそんな風に戸惑っているとアリアはそのまま言葉を続けた。
「迷惑をかけてごめんなさい……私一人で何とかできると思ってたんだけど……」
そういうアリアの声は震えていた。背中が少し湿っぽいのは多分泣いてるんだろう。怖さじゃない。言葉どおりアリアは俺たちに迷惑をかけたことを心の底から謝っているのだ。
俺はそれに気づいた瞬間、奴らへの怒りが再び湧き上がり、そして、それを上回る感情に支配された。それは愛しさだ。
もちろん異性としてって意味じゃない。仲間として、一人の人間として、アリアのその優しさを尊いと感じたのだ。
ソフィアは自分も黒き腕の一員だと言っていた。だから、アリアがいようといなかろうと何かしらのアクションを起こしてきていたのは間違いないだろう。
なのに、アリアは自分の所為だと心を痛めている。でも、それは違うんだ。迷惑をかけたのは俺のほうで、そもそもそんな事で俺は迷惑に思ったりなんかしない。
それを、どう言ったらアリアに伝えられるのだろう。解らない。言葉じゃ多分無理だ。脳筋空手マンだった俺には難易度が高すぎる。
だったら行動しかない。俺はアリアの腕を優しく解いた。そして、改めてアリアへと向き直った。
静かに涙を流しながら、俺を見るアリアに、自然と苦笑する。何て顔してるんだ。大丈夫だ。大丈夫なんだ。俺も、セラだってアリアのことを迷惑に思った事なんて一度だってないさ。
そりゃ、武器に欲情するところとか変態だって思うけど、それも踏まえたうえでアリアはアリアなんだから。
そんな思いが少しでも伝われと、俺はアリアを正面から抱きしめた。そして、そのまま唇へとキスをする。ファーストキス(最初にあった時のはもちろんノーカンである)であり、全く経験なんてなかった俺だが、今はそうするのが自然だと思ったのだ。
そしてそれと同時に発動する魂魄契約。フランの後になってしまったけど、それは許して欲しい。こういうのは何事もタイミングなのだ。
そのまま、そっと俺は唇を離す。そして、驚いて固まってるアリアの頬を伝う涙をぬぐって言った。
「もっと俺を頼れよ」
俺はそんなに不甲斐ないよう見えるか? ちょっとしたチート生命体なおかげだから、胸を張って威張れることじゃないけど、でも、もっと頼ってくれていいんだ。だって、俺たちは仲間なんだから。
俺の思いが伝わったのか、緊張の糸が切れたのか。再びアリアの頬を涙が伝う。だから、俺も再びアリアを抱きしめた。アリアが安心できるようにただ強く強く。
そうして、しばらくの間、アリアが落ち着くまで、俺たちはそうしていたのだった。




