アリアへと迫る危機
「つぅ……」
あれからどれくらいが経過したのか。痛む腹部に顔をしかめつつ、意識を覚醒させたアリアがいたのは、牢屋のような場所だった。
部屋の入り口には鉄格子があり、おまけに日の光は全く入ってきていない。窓が無いのか、まだ夜だからなのかは解らないが、少なくともアリアのいる部屋に窓はなかった。
部屋の外から差し込む僅かな光は恐らく何らかの照明器具の明かりであり、そして、その部屋には嫌な臭いがこびりついていた。つまりは血の匂い。
おまけにアリアの両手と両足は後ろ手に縛られ満足に動けそうもない。
「目が覚めたかしら?」
アリアの意識が戻った事に気づいたのだろう。格子の外から覗き込む一人の女性。アリアの知らない女性だった。
「ごめんなさいね。こんな所で。でも普通の部屋だとあなたたちが暴れたら大変な事になるだろうから。まあ、万が一暴れても私が対処するけどね?」
そういうその女性の髪は黄色であり、それは即ち状態異常系の能力を持っている事に他ならない。だが、それよりもアリアが気になったのは別の部分だ。
あなたたち? 他に誰が。そう思って部屋を見回すと一人の少年がそこには気を失って倒れていた。
「嘘……」
その姿に、アリアはさすがに言葉を失った。何故ならそこに倒れていたのはアリアが負けるはずが無いと思っていたユーリだったからだ。
そんなアリアの様子を見て、女性は妖艶に笑う。
「驚いた? 先生は確かに強いけど、でも、私に完全に油断していた辺りまだ子供よね」
先生。ユーリをそう呼ぶ女性をアリアは一人だけ知っていた。会った事はなかったがユーリの仕事先での雇い主の女性で名前は、
「ソフィア……」
「あら? 先生から聞いた事があったのかしら? でも、そうよ正解」
アリアの言葉にあっさりと頷くソフィア。
「ついでに教えてあげるなら、私は最初から黒き腕の一員なの。先生がうちに来たのも偶然なんかじゃないわよ?」
ぺらぺらと情報を喋るソフィアに、アリアは焦燥を隠せない。何故なら、ここでアリアに対してそれを喋るという事は、もう処分する事を決めているからに他ならないからだ。
アリアは倒れているユーリを見やる。ユーリもアリアと同じく縛られているが、ユーリならばその程度の拘束は意味を成さない。だが、ユーリが目覚めそうな様子もない。
どうする。どうすれば……。
その時、誰かが階段を下る音が聞こえてきた。やはり、この場所は地下らしい。
「もう一人は見つかったのかしら?」
「いや、まだだ。どうも感づいたのか宿に帰ってきてないらしくてな。今は目撃証言を元にベロニカたちが追いかけてる」
「それで? 何であなたは戻ってきたの?」
「やる事があるからなぁ」
どうやら降りてきたのはグリゴイのようだった。グリゴイは部屋の中を確認して、アリアが目を覚ましているのを見てニヤリと笑う。
「よー、アリアちゃん。気分はどうだい?」
「最悪よ」
即答するアリア。
「そーかそーか。そりゃ良かった」
そう言ってあっさりと鉄格子の鍵を開けるグリゴイ。だが、アリアは動かない。動けないのだ。アリアが何かしようとすれば即座にソフィアが能力を使うだろう。
そして、ユーリの様子を見るに、使われれば意識はなくなる。それではユーリが助けられない。おまけにそのユーリ自体も人質になっている。
部屋に入ってきたグリゴイは、アリアに対してニヤリと下卑た笑いを向けた。
「お前にやられてからよぉ。ずっとこの傷の借りを返したかったんだよなぁ」
右頬の傷を撫でながらアリアへと近づくグリゴイ。
「なあ、アリアちゃんよぉ。お前の態度次第じゃこの先どうなるか、解るよなぁ?」
「…………」
答えを返さずただ睨みつけるアリアに、グリゴイは更に嬉しそうに笑う。
「どうする? 自分から俺に奉仕するか。それとも俺にぼこぼこにされるか選べよ。ああ、抵抗はするなよ? したらどうなるか解るよなぁ」
グリゴイの言葉にアリアは考える。だが、考えるまでもない。今はまだ死ぬわけには行かないのだ。自分が死んでも構わないが、ユーリとセラは助けたい。
ならば答えは一つしかない。アリアは大きく息を吐き出して、グリゴイに言った。
「どうしたらいい?」
その言葉を聞いてグリゴイが嬉しそうに笑う。
「最初からそういう態度だったら俺も少しは優しくなれたんだがなぁ」
そう言って、倒れているアリアへとグリゴイは右足を差し出した。
「まずは靴を舐めて綺麗にしろ。上手くできたら可愛がってやるぜ?」
グリゴイの言葉にアリアは改めて周りを見渡す。ユーリは倒れ付し、グリゴイの後ろではソフィアがそれを観察している。何故なのかは解らないが止める様子は無い。
「解ったわ……」
だから、アリアはそう返事をしてゆっくりとグリゴイの靴へと顔を近づけようとした。その次の瞬間、部屋の中を暴風が駆け抜けた。
「え?」
驚きの声をあげたのはソフィアかアリアか。グリゴイでないことだけは確かだ。何故ならグリゴイは既に死んでいた。あらぬ方向へと首を曲げ、立ったまま絶命していた。
そして、ソフィアの首を握りそこに立っていたのは、
「ユーリ!」
先ほどまで部屋の中で倒れ付していたはずのユーリ・アリサカだった。




