アリアの葛藤
クオーリアの城下町を歩きながらアリアは悩んでいた。
今のアリアの日々はいまだかつてないほど充実していた。ユーリと言う気になる異性、妹のように可愛いセラ、仲間になったばかりだが自分の性癖を否定しないフラン。仕事場では好きなだけ剣の鑑定が出来、おまけに店主のガトーはアリアほどではないが武器マニアで話も合う。
恐ろしいくらいの充実っぷりであり、今までの人生なんて比べる事すらおこがましい。だからそう、本来なら悩む必要なんて無いのだ。
昔ちょっと組んだことのあるパーティのリーダーベロニカに渡された紙に書かれていたのは、ユーリとセラを売れというものだった。黒き腕の魔手は既にこのクオーリアまで到達しており、もし断れば両親の命は無いと言われた。
どうでもいい事だ。自分を理解してくれなかった両親に未練などないし、そもそも家を出た時に既に縁を切っている。だから悩む必要は無い。その筈だ。
なのにその事を考えると胸がざわつくのだ。言いようのない何かが胸のうちへと溜まっていくのを感じる。告げられた期限まで後二日。答えは出ているはずなのに出ない。
「アリア、今帰りか?」
そんな思考の袋小路から抜け出せないアリアに声がかけられた。見ればそこに居たのはユーリだ。活動範囲が一緒だとはいえ、この広大な街の道中でこうして出会うのは珍しい。
「そうよ。そっちは?」
「俺はこれから仕事だな」
先ほど考えていた事を頭から消し去り、アリアは普通を装ってユーリと言葉をかわす。
「一応、聞いておくけど、新しい女に手を出してないわよね?」
「まるで俺が女たらし見たいに言うのはやめてくれ」
「私はいいけど、セラを泣かせないようにしなさいよ」
「話を聞け」
「聞いてるわよ。でもユーリって経験なさそうだし、そういう店で働いてたらころっと絆されそうなのよね。顔も悪くないから受けもいいだろうし」
「それは褒めてるのか?」
「どっちだと思う?」
「聞かんぞ俺は」
そんな他愛もない話をしながら二人は歩く。アリアもユーリも二人とも笑顔で、とてもいい雰囲気だった。それを自覚しアリアはやはりと思う。自分がユーリたちを売るなんてありえないと。迷いなんて気のせいだ。答えは既に出ている。
そうアリアが再確認した時だった。
「なんか悩んでるのか?」
「え?」
不意にユーリがそんな事を言った。それがあまりにも突然だったからアリアはつい素で驚いてしまった。
「急にどうしたの?」
「いや、何となくそう思った」
「何となくって……」
隠しているつもりだったが表情に出ていたのだろうか。だが、まあ、別段言う必要もない。アリアはそう判断した。というより、ここで言うならとっくに話していただろう。
「まあ、悩んでるわ。ユーリがフランに手を出しそうだなって」
「フランは男だぞ」
「でも可愛いよね?」
「それは、まあ」
「ほらー」
「うぐ……」
本人もちょっと危ない事を自覚しているのかユーリは、やぶ蛇だったか、なんて呟きながら頬をかく。その様子に、アリアは笑ってしまった。
「ふふ、大丈夫よ。さっきも言ったけど私は問題ないから」
「俺に問題がありすぎるんだよ……」
そんな話をしながら気がつけば二人は分かれ道まで来ていた。ここからユーリは酒場街へ、アリアは宿へと道が分かれる。
「じゃ、お仕事頑張って」
そう言ってひらひらと手を振り去っていくアリア。ユーリはアリアを見送っていたが、アリアは一度も振り返らなかった。
だから、アリアは気づかなかった。ユーリの眼光がアリアの好きな真剣のような鋭さを放っていた事に。その眼光のまま、ユーリも踵を返し、自身の職場へと向かったのだった。




