新たな目覚め
レーザーを避けた直後、俺は一瞬の間迷った。つまりそれは逃げるか戦うかだ。大半の漫画やゲームでは魔法使いは接近戦に弱いことになっている。理由は色々あるがその中の一つに魔法は詠唱が必要というものがある。
要は魔法は使うまでの準備が必要というお話で、だからその準備する暇を与えなければ勝てるという論法だ。だけど、この世界の魔法には詠唱が無い。正確には決まった詠唱がなく、しかも詠唱無しでも魔法は撃てる。詠唱があるが短縮できるのと、詠唱は無いが詠唱有りで強化も出来るのでは大きく違う。
しかもさっきの詠唱無しのレーザーを見れば解るが、詠唱無しでもフランの魔法の威力は十二分だ。そもそも、俺は魔法の知識はあっても実際にどんな魔法があるのかは知らない。また、慢心かと思われるかもしれないが俺は言いたい。この世界の懐が広すぎるのだと。
ともかく、そんな訳で俺は一瞬行動を迷った。それは本当に一瞬だったんだが、フランからしてみれば充分な隙だっただろう。だけど、フランはその隙に何もしてこなかった。それと同時に俺の中でもどうするかが決まる。
フランは俺を試すと言った。それに俺にもフランに聞きたい事が出来た。なら、やるしかない。
行動を決めた俺は一足で、フランの懐へと潜り込んだ。日本で言うところの縮地という奴だ。並みの相手なら反応できないだろうし、俺の姿を見失うだろう。俺はそのまま流れるように拳を繰り出す。
だが、フランは当たり前のように俺の動きについてきた。俺の拳を片手で払い、もう片方の手で逆に攻撃を仕掛けてくる。魔法使いの癖に肉弾戦も出来るなんてとんだチートだ。そのフランの攻撃にあわせ、俺は空いた手で突き上げるようにその手を跳ね上げようとした。
ガンッと硬いものがぶつかった音がした。まるでそれを読んでいたかのようにフランと俺の手の間にはバリアのようなものが張られていた。しかも、俺の攻撃を完全に止めるレベルの硬度を持った奴だ。
「しまっ、がは!」
結果、隙のできた俺をフランの拳はあっさりと捕らえた。しかも、衝撃と同時に爆発が起こり、二重の衝撃が俺を襲う。
「まだ、っ!」
一瞬視界が揺れるが、俺はその程度では倒れない。すぐさま体勢を立て直して反撃に移ろうとし、俺はフランの右目が再び赤く光っている事に気づいた。
さっきのレーザーが来る!
「くそっ!」
悪態をつきながら全力で横に飛ぶ俺。それと同時に先ほどまで俺の胴体が会った場所をその目から発射されたレーザーが貫く。だが、その事実に冷や汗を流している余裕すらない。俺の立っている方に向けられているのは最初に俺の攻撃を弾いたフランの手であり、その手から新たな魔法が発射される。
撃ちだされたのは水の砲弾。体勢を崩していた俺はその魔法を避けられず、そのまま直撃を受けて吹っ飛んだ。生身なら今の一連のダメージで既に戦闘不能だろう。何度目か解らない自身の身体への感謝と共に受身を取る俺。その俺の目に飛び込んできたのは、フランの背後に出現していた雷の槍。およそ百本。
「冗談だろ……」
もはや悪い夢でも見ているのかと現実逃避してしまうレベルだ。何故ならその一本一本がとんでもない破壊力を持っていると理解できるから。間違いなく直撃はまずい。だが、あれを防ぎきる事は今の俺には無理だ。どうする、どうすれば……。
だが、俺には迷う時間すらない。何の手立ても浮かばないまま、その雷の槍は俺に向かって降り注いだ。まるで爆撃でも受けたかのような衝撃と音。フランがこの場所を指定した理由がよく解る。街中でこんなものは使えない。
百本の槍を捌き、時にはかわしながら、俺はそんな感想を抱き、そして、捌ききれなかった七本の直撃を受けて思いっきり吹き飛ぶ。ダメージもかなりのもので、身体の数箇所が吹き飛びかけた。力をこめることにより吹き飛ぶ事はなかったが、生身だったらもう何回死んでいるか解らない。
そのまま、地面に叩きつけられ、一度バウンドしてから空中で体勢を立て直す。これが俺に残された最後のチャンスだ。相手の攻撃の直後で、更に粉塵が舞い踊るこの状況。今この一瞬で何も出来なければまた同じ攻撃を撃たれて終わりだ。
だが、どうする。どうすればいい。せめて、俺にここから攻撃できる何かがあれば……。
劣勢の中、焦っていた俺は、そんな無い物ねだりをしてしまう。普通なら無意味だ。俺の戦闘スタイルは近接戦であり、おまけに髪色は黒と銀。能力は眷属化として発現している。
しかし、俺の脳裏に唐突に浮かび上がる力。それはありえる筈のない二つ目の能力の発現。
虐殺魔弾。複数展開、対象への追尾、貫通属性、自身のエネルギーによる威力強化、そして、命中するまでの飛距離に応じて上昇する威力。
普通とは言いがたいが、それは紛れもなく赤系の能力だった。何故そんな能力に目覚めたのか。理由は解らないが、だけど、この局面において欲しかったものが手に入ったのは事実だ。
だから、俺はその能力を即座に発動した。展開数は一。込めるエネルギーは魔力の半分ほど。奇はてらわず、一直線にフランへとめがけて発射される魔弾。
それはフランからしてみれば完全な不意打ちだっただろう。だが、それすらもフランへは奇襲となりえず、片手でバリアを展開される。
直後、何かに気づいたフランが空いていたもう片方の手も防御へと回す。その顔からは初めて余裕が消えていた。
恐らく全力で防御しているだろうフランのバリアと俺の全魔力の半分をこめた虐殺魔弾。それは時間にして僅か数秒ほど競り合い、そして、まるでミサイルでも直撃したかのような爆発と共に辺り一帯を吹き飛ばしたのだった。




