初めてのゴブリン退治
俺の脳内で天使と悪魔の大戦が起こった日の翌日。俺たちはとりあえずの目的地である宿場町グリーナへとついた。
規模はリオネルほど大きくは無いが、その性質上リオネルよりも宿や整備屋などの旅人用の施設が多いが、逆にギルドの支部や武器屋などは断然小さい。
グリーナはギヤマンとアイベルンの間にあるため、どちらの国にも属していないが、どちらの国にも重要な場所であるためトラブルが起こった際は双方から戦力が送られてくるし、この場で派手な問題でも起こそうものなら双方の国から睨まれるため、追っ手がやらかしてくる心配も少ない。
まあ、前も同じような判断をした結果、ジンに襲撃されたので油断してはいけないのだが。
とりあえず、宿で部屋を借り、馬車を止めさせてもらう。宿場町だから駐車場付きの宿屋もあるのだ。手続きを済ませ公衆浴場で疲れを癒した俺たちはとりあえずギルドへと顔を出し、お手軽に受けられそうな依頼をこなす事にした。
と言っても力仕事は俺以外には厳しいし、町の警護なんかは土地勘が無いから駄目で、挙句にこの近くにはダンジョンが存在しない。故に俺たちに出来る仕事はおのずと限られ、とりあえず近隣の魔物討伐へと向かったのだった。
グリーナから徒歩一時間ほどで俺たちは目的地へとついた。洞穴に住み着いたゴブリンの退治。それが俺たちの受けた依頼である。ゴブリン退治と言ってもゲームとは大きく違う。それは相手が生物で尚且つ知性を持っているという事だ。
ゴブリンに命乞いをされたら俺たちはそれでも依頼を果たせるのか。答えはイエスである。アリアはそもそも自分の興味の対象以外には冷たいし、俺もこの身体になってから相手を殺す事へのためらいみたいなものがなくなっている。俺たちの中で唯一心配だったセラも悪い事をした魔物は殺されても仕方が無いという倫理観を持っていた。
この世界ではこう言った依頼も珍しくないみたいなのでまあよくある光景なんだろう。
という訳でとりあえず、三人で集まって作戦会議である。
「事前情報だとこの洞穴の出入り口はここだけらしい」
「なら、ユーリが行って終わりじゃない? 私は出かけてた奴らが帰ってきたときのために後ろ見とくから」
「じゃあ、それで」
作戦会議終了。
いや、仕方が無いんだ。洞穴である以上暗視が出来る俺が一人で突っ込むのが一番だし、入り口から外へは遮蔽物が殆どなくアリアの能力が遺憾なく発揮できる。決して手抜き会議ではないのである。
セラは危ないのでアリアの後ろで待機だ。そろそろセラのためにも魔法を覚えさせてやりたいな。アイベルンについたらその辺の事も考えないとな。
俺がそんな事を思った時、ざわりと髪に何かを感じた。何て例えたらいいのか解らないが、もう少しで何かを思い出せそうなそんな感じの気配。だけど、それも一瞬の事で結局それ以上は特に何も無かった。
俺はちょっと不思議に思いながらも、とりあえず今はお仕事を開始する事にした。
洞穴に踏み込んだ瞬間感じたのは、異臭。ゴブリンたちの体臭や食べ残しの腐敗した匂いなどが混ざり合って結構きつい。この依頼が俺たちが行くまで残っていた理由が解った気がした。
とりあえず、俺は一時的に嗅覚のスイッチをオフにした。元々この匂いだし、嗅覚無しでも問題ないだろう。そう判断して更に奥へと進む。
そのまま少し歩くと広い空間に出た。そこにいたのは十人ほどのゴブリンであり、聞いてた数より随分と少ない。
これはちょっと外に残してきたアリアとセラのところに急いで戻ったほうがいいかも。俺がそんな事を考えたのと、ゴブリンが武器を手に襲い掛かってきたのはほぼ同時だった。俺はそれを難なく回避し、それと同時に相手の頭部へとカウンターを放つ。
いつぞやの再現。それは結果もまったく同じであり、相手のゴブリンの頭は爆発四散し、頭部を失った身体がよろよろとそのまま歩いていく。その身体が崩れ落ちる前に、俺は既に全ての攻撃を終えていた。
正拳、裏拳、手刀、背刀、貫手、鉄槌、掌底、平拳。流れるようにゴブリンたちへと一撃ずつ撃ち込んでいきながら、俺は改めて自分の身体のスペックを確認していた。そして確信する。
俺の動きはジンとの戦いで洗練され魔人空手へと昇華された。だが、今の手ごたえで技術だけではなく、この身体のスペック自体が上がっているのが解った。何故なら……。
俺が動きを止めたのと、生きているゴブリンがいなくなったのと同時に、洞穴の壁からぴきりという音がした。
そう、何故なら前と同じ動きをした結果、まったく同じ結果になったと思っていたのは間違いで、その余波が洞穴へと着実にダメージを蓄積していたのである。それも十発以上。
数発なら大丈夫だっただろうが、もうこの洞穴は駄目だ。なので俺は次からは相手だけじゃなく周りにももっと気を配って戦う事を胸に誓いながら、
「うぉおおおおお!」
全力で来た道を引き返し、その数秒後、轟音と共に洞穴は見事に崩れ落ちたのだった。




