とある夜の葛藤
黒き腕。帝国を中心に人身売買を行っている大規模組織であり、その繋がりは世界各国に存在していると言われている。
そんな予想以上にやばい組織に俺たちは狙われているらしい。カガリさんが何を思ってこの情報を俺たちにくれたのかは解らないが、敵の正体がわかったのは大きい。ありがとう、カガリさん。
まあ、俺たちの予定は変わらない。法律的に奴らが一番居辛いのは人身売買が禁止されている王国であり、場合によっては東方大陸へと向かえばそこまでは追って来れないだろう。
そんな訳で俺たちは絶賛アイベルン王国へと向かっている最中だった。今はリオネルを出発してから三日目の夜である。
ちなみに移動手段は馬車である。街道しか通れないという欠点はあるが、馬車の中で寝泊りできるというのは大きい。馬以外にも、よく解らん動物や果ては自動車みたいな機械で荷台を引くのもあったんだが、ちょっと高すぎた。
俺たちのダンジョン探索で得た金は結局殆どこの馬車と日用品や保存食で消えたため、相変わらず俺たちの生活にあまり余裕は無い。明日にはリオネルとアイベルンの間にある宿場町につくみたいだし、何かしら仕事を探したほうがいいかもしれない。
俺はそんな事を考えながらのんびりと座り込んでいた。アストラルである俺には睡眠も明かりも必要ないので毎日見張りをしているんだが、ぶっちゃけ暇である。
これが日本だったらスマフォでネットサーフィンしたりできるのだが、ここは異世界。更に言うならセラとアリアに加え馬も寝ているため、あまり大きな音を出すのも憚られる。その上、見張りという性質上あまり他の事に意識を裂くのも問題である。
というわけで俺は暇で死にそうだった。せめて本でも買ってくるべきだったかと思ったが、この世界の書物は結構高い。理由としては単純で印刷技術が存在しないからだ。もちろん、完全にないわけではないのだが、珍しい事に変わりはなく、大体は写本で増やしていくしかない。そして、先ほども言ったが今の俺たちにはそんなに余裕は無いのであった。
まあ、もうしばらくの辛抱だ。俺がそう思った時だった。不意に馬車の扉が開く音がした。そちらへと目を向けると、セラが馬車から出てくるところだった。
「どうした?」
「あの、ちょっとお話、いいですか?」
「ああ、いいけど」
俺としては暇がつぶせてむしろありがたい。しかし、どうしたんだろう。怖い夢でも見たんだろうか?
「明かり、つけようか?」
「いえ、大丈夫です」
セラはそう言いながらちょっと危なっかしい足取りで馬車を降りて、俺の傍へとやってきた。
そのまま俺の横にちょこんと座る。ちょっと距離が近い気がしたが、セラはこの暗闇じゃ見通しが悪いだろうし、きっとその所為だろう。
「それで、どうした?」
「はい」
俺の問いにセラはそう頷くものの、その先を言おうとしない。言うのを躊躇っているのか、言おうとしては口を開きかけ、思いとどまる。そんな事を繰り返している。何かよほど重要な事なのだろうか?
とりあえず俺はセラが落ち着くようにその頭を撫でてやった。子ども扱いしている訳じゃないが、つい妹にしてやっていた癖が出てしまうのだ。
だが、それで少しは落ち着いたのか、それともようやく決心がついたのか、セラはゆっくりと話し始めた。
「ユーリさん」
「ん?」
「私はずっとユーリさんに助けてもらってばっかりです。あの日出会った時からずっと……」
それは仕方が無い事だ。住んでた国が滅び、まだ幼いセラに一人で生きていく事なんて出来ないだろう。だから気にする事は無い。俺はそう思った。だけど、理由がどうであろうとセラはその事が気になるのだろう。良くも悪くもセラは優しく、そして真面目なのだ。
なので、俺は口を挟むことをせず、セラの話を聞き続ける。
「戦闘でも、それ以外でも、私は役に立ってない。回復が出来るって言ったけど、アストラルであるユーリさんにはそれすら必要の無いことです。だから……だから、その……」
「?」
「私の身体を使ってもらって構いません!」
「はい?」
最後一気に言い切ったセラの言葉に俺はどんな反応を返していいかわからず、そう言うしかなかった。
なんだろう。身体を使うとは何の比喩表現なのだろうか? 俺の脳内ではどう頑張ってもその、エッチな意味でしか捉えられないんだが。いや、まさかな。はっはっは。なんて笑って誤魔化そうにも、言い切ったセラの頬は赤く染まっており、うん、ちょっと待って欲しい。
覚悟決めすぎでしょ!? お兄ちゃんセラをそんな子に育てた覚えはありませんよ!?
混乱して思考が現実逃避を始めそうになる。落ち着け、落ち着くんだ。俺も一介の高校生男子だ。結局経験の無いまま死んでしまったわけで、そういう方面に興味が無いといえば嘘になる。
それに加えてセラは可愛いし、この世界なら法律的にも問題は無い。問題は無いんだ。
いや、問題ありすぎでしょ! そんな弱みに付け込むような事はしちゃ駄目だ。俺は鬼畜ではない!俺の脳内で天使と悪魔が戦い始める。何だ、何故こんな展開になったんだ。
そんな風に葛藤している俺をどう思ったのか、セラは更に言葉を続ける。
「あの、私じゃ不満ですか?」
やめぇえええええい! そんな心の悪魔に燃料投下するような事を言っちゃいけない! 不満なんてない! ないが、心の中の倫理的な部分がそれ以上いけないと必死で叫んでいる。ついでに言うなら、明日から絶対気まずくなるからやめようっていうヘタレ全開の意見もある。
そう。何より俺たちは三人パーティなのだ。俺とセラがそんなことになったらアリアが居心地悪くなるでしょ。アリアならそこに嬉々として混ざってきそうな気がするが、それ以上考えるのはやめよう。
どれだけ葛藤していたのか。長かったような短かったような脳内バトルも決着がつき、俺はセラに向かって言った。
「じゃあ、目を閉じて」
「っ、は、はい!」
俺の言葉に慌てて目を閉じるセラ。そんなセラの額に、俺はそっとキスをした。
これぐらいなら妹にしてやった事もあるし、何もしなかったらそれはそれでセラが引きずったままになるだろうし、これで許して欲しい。
「今は、これだけ。そういう事は恋した人とやることだし、色々な事が落ち着いたら、その時ゆっくり考えよう、な?」
そう言って再びセラの頭を撫でながら精一杯の強がりを見せる俺。今、俺ちゃんといつも通り笑えているんだろうか。
「……解りました。変な事言ってごめんなさい」
セラは、何かちょっと落ち込んでる風な感じでそう言った。精一杯自分にできる事を考えた結果だったんだろうな。それには悪いと思いつつも、流石にそんな弱みに付け込むような事はねぇ。
「ほら、明日も一日あるんだし、もう寝なさい」
まだちょっと動揺があるので、お父さん風な口調になってしまったが、幸いセラはそれに突っ込むことはしなかった。
俺に一度ぺこりと頭を下げ、立ち上がる。
「おやすみなさい、ユーリさん。でも、私はいつでもいいですから」
最後にそんな爆弾を残し、馬車へを戻って行くセラ。それを見送った俺は、やっと落ち着いて一息ついた。
本当にビックリした。惜しい事をしたと思わなくもないが、多分正しい選択が出来たはずだ。この身体がアストラルじゃなかったら流されてたかもしれないし、アストラルってホント凄い。
セラが俺に好意を寄せているのは、多分つりばし効果って奴なんだろう。絶望的な状況で助けたのが俺だったから、俺の事を好きだと勘違いしてしまったのだ。今の状況が落ち着けば、自然と正しい感情に戻るだろう。いつ落ち着くのかは不明だが。
しかし、世のリア充ってのは凄いね。今回の事で自分は間違いなくヘタレだと解ってしまって若干落ち込むわ。前世じゃ脳筋だったんで許して欲しい。
だが、今回の件で俺は一つ心に決めた事がある。
「とりあえず、宿の部屋割りは男女別にしよう」
お金がもったいないとか言ってられない俺なのだった。




