幕間 十三の調停者
北にある北方大陸、様々な魔族がひしめき合う弱肉強食なこの大陸のとある城の一室にその人物たちは集まっていた。数は全部で七人。空きが六席有り、今この場にいるのは半数程度だという事が解る。
「んで? 何でまた呼び出されてんだ俺ら?」
そのうちの一人、緑の髪の少年が面倒くさそうに言う。それに答えたのは黄色の髪の女性だった。
「呼んだのはカノアよ」
「カノアが?」
言われてカノアと呼ばれる少女に目を向ける少年。その視線の先にいたのは黒髪の少女だった。まだ十にも満たないであろう幼い外見をしているが、その目だけは若々しさなど微塵もなく、深い闇をたたえている。
カノアだけではない。その目はこの場に集った全員に言える事だ。外見年齢は様々だが、その見た目どおりの年齢のものなど一人も存在しない。
彼らは十三の調停者と呼ばれる集まりであり、魔族側の頂点に立つ存在である。つまりはここにいる全員が恐ろしい力を持った魔王の中の魔王なのである。
「不穏因子が消えてない」
カノアがぼそぼそとそう伝える。その言葉を受けて、カノアを除いた五名の視線がその男に集まった。堂々たる体躯の白髪の男。その男に対して、最初に口火を切った少年が鋭い言葉を飛ばす。
「どういうことだ、バンホルトのおっさん」
その視線にも声音にも隠されていない敵意が乗っており、その圧は一般人であれば比喩ではなく心臓が止まるであろうというレベルだった。だが、それを向けられた男、バンホルトは完全にそれらを無視しカノアへと視線を向ける。
それに対して、カノアはふるふると首を振った。それを受けてバンホルトはその口を開く。
「よかろう。此度は確かに俺の落ち度であったようだ。ならば、再び俺に任せてもらおう」
「あら? それを信じろと?」
声を発したのは黄色の髪の女性だ。
「俺を信じる必要は無い。カノアの言葉を信じよ。己で確かめたいのなら見張りでも何でもつけると良い」
そう言って立ち上がるバンホルト。最早、この場に用は無いとそのまま部屋から退室する。それに対して誰も何も言わない。いや、気がつけばその場に残っているのはカノアと最初に言葉を発した少年のみだ。まるで最初からこの二人しかいなかったかのようにその他の気配は微塵もない。
「カノアよぉ。バンホルトのおっさんは問題ねぇんだよなぁ?」
少年の言葉にこくりと頷くカノア。それを確認した少年が立ち上がる。
「オーケーオーケー。そんじゃ俺も好きにさせてもらうわ」
そう言って立ち上がる少年。
「気をつけて」
「お、珍しいな。お前が心配なんて」
カノアの言葉に嬉しそうに笑い、その頭を乱暴に撫でる少年。カノアはそれに表情を変えずされるがままだ。だが、少年の言葉どおり、確かにカノアが個人に対して、それも調停者の面子にそんな言葉をかけることは殆どない。故にそれは心からの忠告であった。
それに気づいているのかいないのか。少年もカノアへとひらひら手を振り去っていく。残ったのはカノアただ一人。カノアはそのまま虚空を見上げ、ぽつりと呟いた。
「お姉ちゃんなら、何か解るかな……」
その言葉を聞くものは誰も居らず、やがてカノアの姿もその部屋から消えたのだった。
「…………」
どことも知れぬ場所でその少女は何かに呼ばれたかのように虚空を見上げた。だが、少女の周りには誰もいない。いや、そもそも少女の周りには何もない。物品どころか、床も壁も、空気すら存在していない。
そんな空間に一人漂いながら、八色の髪のその少女は再び目を閉じ意識を閉ざす。まどろみに落ちるその直前、一人の少年の名前がその口から零れる。
「有坂、悠里……」
その言葉は誰にも聞かれることなく漂い、ただゆっくりと消えていったのだった。




