VS ジン
最初に行動を起こしたのは俺でもジンでもなくアリアだった。ジンの言葉の直後、俺の背後から魔剣の主で容赦なくジンへと剣の雨を降らせた。その数は現在のアリアの最大展開数である三十二。アリアも本気だ。
しかし、ジンはそれを難なく回避して見せた。前世で見たどの武術とも違う、しかし確実に洗練された動きで最小の動きで殆どをかわしながら、かわしきれない数本を手で弾く。
そして、最後の数本をかわしながらその手のひらをアリアへと向ける。こいつの髪色には赤が含まれている。つまりは遠距離攻撃。
俺がそう判断したのと、ジンの手のひらからオーラのようなものが射出されたのはほぼ同時だった。それは先ほど見たアリアの攻撃と同じように剣の形をしていた。数は一つ。だが、その速度はアリアのものよりも断然速い。
俺はアリアへと射出されたそれに横合いから思いっきり回し蹴りをぶち込んだ。触れた際に感じた衝撃は相当なもので、多分このまま通していればアリアは死んでいただろう一撃だ。
だが、威力にかけては俺の身体だって相当なものだ。次の相手の動きに対応するために全力ではなかったが、アリアを守るために放ったその蹴りの威力もまたすさまじく、その剣のような何かは凄い速度でどこかへと飛んでいく。
「はっ、いいねぇ!」
それを見たジンが嬉しそうに笑いながら、俺へと襲い掛かる。殴りかかってきたその右腕を左手で受けた瞬間、ガキンという音が響き、受けたその部分の服が裂けていた。もし俺の身体が生身であったならばそこから先がすっぱりとなくなっていただろう。その事に俺の背筋に冷たいものが走る。
手刀でもないのに恐るべき切れ味だ。相手の身体が生身なことから、恐らく能力なのだろう。攻撃を繰り出したジンもそれを受けた俺も、一瞬お互いに驚いた顔をする。だが、それも一瞬だ。次の瞬間、俺たちはお互いに激しい乱打戦へと移行した。
そこそこ、色んな武術を見てきた俺でも、ジンの格闘技術はやはり見た事がないものであり、恐らく自分の能力を元に実戦で磨いてきた我流なのだろう。
対する俺の武術も既に空手ではなくなっている。日本での空手というのは当然ながら実戦を想定されていない。寸止め試合(極めともいう)や防具有りの試合、そして、急所への攻撃の禁止。試合形式により変わるが、そういったルールがある事が前提な上で試合は行われている。俺はそのルールの中で最強だったが、それだけだ。なんでも有りで戦ったのなんて小学生の時の何回かだけであり文字通り子供の喧嘩である。
そんな俺がジンの動きに対応できているのは、この身体が超スペックだからである。そして、それを前提に俺の動きは最適化されていく。空手であればここでの攻撃は速さに重点を置いた突きであろうという場面での、当てる事よりも威力とダメージを重視した急所への手刀。相手の攻撃に対してただの払いではなく、膝と肘を使い守りつつもダメージを与える防御。
漫画の知識や今対峙しているジンの動きも参考に次々と、俺の中で戦闘スタイルが洗練されていく。それはもちろん前世の俺では到底到達できないものであり、あえて呼ぶなら魔人空手というべきものだった。
戦闘が開始されてからまだ一分もたっていない。だが打ち合った数は既に百を超え、そして、少しずつお互いにダメージが蓄積されていく。それを最初に嫌ったのはジンだった。
何故ならジンのその能力は髪色から解るとおり攻撃系であり、防御系の緑ではない。一方の俺は身体自体がアストラルであり、能力ではないものの生身とは文字通り次元が違う。ジンが俺の身体の事をどう理解したのかは解らないが、それでも防御の上から削る事は難しいと考えたのだろう。だから、次の瞬間ジンは大技を繰り出してきた。
それは守りを捨てた左右からの手刀。ジンの能力と身体能力でのそれは、生半な防御は打ち砕き、命中すれば俺の身体であっても首が飛ぶだろうまさに守り破りの一撃。
そして、俺がそれに対して取った行動は、漫画で憧れ、何度も練習してきた空手の守りの基本にして究極、回し受け。それも魔人空手バージョンだ。
相手の両腕を回し受けで受けながら、合気道のようにその力の流れを利用し、そのまま相手の身体を錐揉み状に投げ飛ばす。
「なにっ!?」
まさかここまで完璧に防がれるとは思っていなかったであろうジンから驚愕の声が漏れる。だが、既にジンの身体は宙を舞っており、対応は不可能。そして、繰り出すはこれもまた空手の基本にして究極である正拳突きを今の身体に合わせ昇華させた一撃。
「セイッ!」
何度も繰り返した掛け声と共に打ち出されたそれは、文字通りの必殺であり、直撃すればジンは死ぬだろう。だが、俺は既にその事で迷わない。この身体になってから前世で学んだ道徳が薄れているというのもある。そもそも手加減して勝てる相手かどうか解らないというのもある。
だが、何よりも。後ろにいる二人を、仲間を守るために。その為ならば、俺は手段を選ばない。その思考もやはり前世での自分ならばあり得ないという事に気づかず、俺の拳がジンの顔面へと迫る。
「あめぇ!」
しかし、ジンもまた只者ではなかった。払いではなく相手の体勢を崩す事に力を裂いた結果、ジンはその右腕を防御に間に合わせる事に成功していた。無論、通常であればその行為に意味は無い。両足が地面から離れ、空中で体制が崩れている以上、物理的に防ぐ事はできない。
だが、この世界において、前世の常識は通用しない。かざされたジンの手から繰り出されたのは、最初にアリアへと放った攻撃と同じものであり、俺の拳とジンの右手から繰り出された刀身が激突する。そして、
「おぉおおおお!」
「はぁああああ!」
激突する二つの力が衝撃波と共に弾け飛び、俺とジンは後方へと吹き飛んだのだった。




