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8.兄と父



「ユーグ、リリ。再度確認するが、お前達には南部検問に向かいクルク軍の足止めを頼みたい。ジルド将軍を始めとした南部軍全隊、西部軍の半数、中央精鋭隊からも半数軍を預ける。それでも厳しいだろうが、何とか持ちこたえて欲しい」


「十分すぎるほどです、感謝致します。東部検問には殿下が?」


「ああ、アギリアは正義を掲げ進軍している。ならば対話の意志を持った王太子の存在は無視できんだろうからな。大義名分がない限り奴らは動けん。私が相手しよう」


「そう、ですか。どうかお気をつけて」


「気を付けるのはお前たちの方だろう。クルクには対話戦術は効かんのだからな、ほぼ間違いなく戦闘になるだろう。気を緩めるなよ、2人とも」




出立の前日。

私と兄様は殿下の政務室に足を運んでいた。

部屋の中央で淡々と説明する殿下の表情は相変わらず読めない。

けれど、その言葉の節々からこの先の戦いが相当厳しいものになるだろうことが読み取れる。

ふと蘇ってくるのは、兄様のペンダントから読み取ったあの恐ろしい光景で。

あの中に自分が飛び込むのかと思えば、やはり頭の中には恐怖しか生まれない。

思わず顔が下へ下へと向いていく。



「……リリ」


「え、あ、はい、殿下」


「これを」



そんな私の顔を上げさせたのは殿下の真っすぐな声だった。

パッと上を向くと、いつの間にかすぐ近くまできていた殿下が私に何かを差し出す。

その手に乗っていたのは2つの装飾品だ。


前に見せてもらったことのあるイルの腕輪と、あと赤く光る耳飾り。

その赤には見覚えがあった。

人の心を読み取るあの強い力を宿した石。

そういえば、加工を頼んでいたっけと今更になって思い出す。




「……どうか神の加護がお前に訪れんことを」


「殿下……」



神など信じていないと言っていた殿下のその言葉に、私は軽く目を見開いた。

そっと手を差し出せばしっかりとした手で渡される神器達。

その片方、赤の耳飾りに力をこめれば殿下の心が私の中に響いてくる。



『生きて帰ってこい、ユーグと共に』



それは短くてシンプルな言葉。

けれど安易に口に出しては言えなかっただろう本心。

殿下の表情はやっぱり揺らぐことなくいつもと変わりない。

だからこそ尚更強く私の心に響いた気がした。



「……ありがとうございます、殿下」



ユーグ兄様がすべてを捧げようと思った人は、やっぱり強く偉大な人だ。

そう実感しながら、その目をしっかり見て強くうなずいた。




「揃っておるな、シリクス、リリ」



受け取った神器を身に着けたころ、すぐ後ろ扉から声が響く。

振り返るとそこにいたのは、穏やかな笑みを浮かべた陛下の姿だった。

すぐに膝をついた兄様にならって慌てて膝を折る私。

しかしそれを制したのは陛下だ。



「良い。この場には私達しかおらんのだからな」


そういって軽く笑うと、ゆったりとした動作でこちらへと向かってくる。

その動きを追っていると、陛下は顔をこちらに向けてふっと笑った。



「すまぬな、ユーグ。少し、家族の時間をくれぬか?」



私と兄様の目の前までやって来た陛下はそっと私の肩に手を置き、兄様にそんなことを言う。

兄様はその言葉を受けて「もちろんです」と深く頭を下げた。

去り際に私を見て柔く笑った後、「また後でお迎えにあがります」と告げて去っていく。




「いよいよ明日か」


「……はい」



独り言のようにぽつりと呟やかれた陛下の言葉。

静かな室内で、私は小さく返事をする。

視線を感じてそっと陛下を見上げれば、陛下はさっきと変わらず穏やかに笑ったままゆっくりと口を開いた。



「リリ、そなたの覚悟と献身に心から感謝する」



その言葉と同時に陛下の手が私の手に重なる。

両手を使って私の右手を包み込む陛下。

驚いて目を丸くしていると、陛下からの言葉は続いた。



「この小さな身の内に秘めた想いを抱え一人覚悟を決めるのは大変だったろう。リリ、そなたのその気高い心を私は誇りに思うよ」


「陛、下……?」


「……父上、まさか気付いて」


「ああ、気付いておったよシリクス。この娘が、利用されることを承知の上でユーグの為に全て投げ出しここまで来てくれたことなど、初めからな」



耳に聞こえてきた信じがたい言葉に息をのむ。

完全に石と化した私をそのままに、陛下と殿下はお互い目を合わせ会話を続けた。



「伊達に国主を務めておらんということだ。頭の回りも実務もそなたには敵わんがな、それでも私がお前に教えてやれることはまだある」


「気付いておられたなら何故今まで黙って」


「告げてどうする。リリの覚悟を知ろうが知るまいが、そなたの為すことは変わらんだろうに」


「それは、そうかもしれませんが」


「シリクス。人を見極め、信じる力を持つことだ。そなたには稀有な才能があるが、しかしそれでも出来ることには限度がある。他者を頼り信じてこそ国は回るのだ。人間の持つ情を侮ってはいかん」



……陛下の言葉が耳に痛い。

もしかすると、それが一番出来ていなかったのは私なのかもしれない。

人の過去や心を読み取るばかりで、信じるという事をしてこなかったのかもしれない。

力なんてなくとも、こうして私の心を見抜き見守ってくれた人がいたというのに、私はそのことに気づけなかった。


それは想像以上に衝撃が強く、私は一言も発せない。

ただただ感じたのは包まれているその手がドクドクと熱く脈を打っていることだけで。



「リリ、信じれば道は必ず拓く。己が信念、どのようなものでも曲げず貫けば訪れる希望もあろう」



私の手を覆うその力が強くなったことで、私は初めて陛下の思いを知った気がした。

……この方はずっと私のことを信じてくれていたのだと。

私が何を思いここまで来て、そしてどうしようと思ったのか。

全て察したうえで、私の心を何よりも優先してくれた。

殿下や兄様とはまた違った視点で守ろうとしてくれたのだと。


唐突にせりあがるものがあって、けれど初めてのその感覚に戸惑いグッと空いている左手を爪が食い込むほどに握りしめる。感情のやり場をどうやって納めれば良いのか、分からなかった。

そんな私に陛下はゆるりと笑う。



「そなたの後ろは父が守ろう」



そして告げられた言葉に私は首を傾げる。

陛下は穏やかな顔のまま小さく頷くと、視線を殿下の方へと向けた。




「シリクス、そなたは中央に残り指揮を取れ。今国民に必要なのは、次代を担う強い指導者だ」


「父上、何を」


「アギリアは、私が相手をしよう」



淀みなく告げられた言葉に、私と殿下は2人そろって絶句する。

さも決定事項のように告げた陛下は、私たちの反応を面白そうに眺めた後にやりと笑う。



「なに、策はある。息子にばかり活躍されては父の威厳がないからな」


「……父上」


「これは王からの命令だ、王太子」



……これほどまでに存在感を示す陛下の姿を見るのは、初めてのことだった。

その威圧感に押されただ圧倒される私。

目の端でスッと殿下の膝が折れることに気付くのにも時間がかかる。

やっと状況を理解した私の視線は今度、殿下の方にくぎ付けになった。

あんなに存在感が強く絶対的なオーラを発していた殿下がその場に跪いている。

その事実がいまいち呑み込めなかった。



「承知、いたしました」



苦虫をつぶしたような顔をしながら、しかししっかりとした口調で殿下は言う。

陛下は苦笑しながら「すまぬな」と言って殿下の肩をたたいた。

そこにはもう今さっきまであった威圧感は綺麗に消えている。


……これが家族。

その絆を今まで知らずに育った私は、ただただその光景に圧倒されていた。

目には見えないはずの絆というものを、初めて見た気がする。

呆然と立ち尽くす私に、陛下が笑った。



「リリ、私の大事な娘。酷なことだと承知で頼む。私達と共にこの国を守ってくれ、この先もずっと」



心から信用されていると分かる言葉に、胸が熱くなる。

どう対処すれば良いのか分からないほどに。




「……リリ、役目を果たし生きて帰ってこい、必ず」


殿下が今度はしっかりと声に出してそう言う。

目を見開けば、殿下は初めて私にその不器用な笑みを見せてくれた。



このすごい人たちに見合える自分に、自分はなれるだろうか。

家族と胸を張って言える日が訪れるのかどうか、正直自信はない。

けれど。



「……陛下、殿下。……いえ、お父様、お兄様」



一歩踏み出してみたいとそう思った。



「私、頑張ります。王女として、ユーグ兄様の婚約者として、恥じない自分でいられるように」



出てきたのは滑稽に思えるほどありふれた言葉ばかり。

それでも、自分の中で確固とした覚悟が出来上がった気がした。








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