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3.力



この力の存在が公になると同時に私の名は広く伝わった。

しかし、前回の神の遣いの記録からおよそ350年経った今では、もはやその存在を信じる人の方が希少だ。

力を発現した私自身だって事実を呑み込むまで相当かかったのだから、人々が胡散臭く思うのも無理はない。


他国へのけん制とスフィード王国の地位を向上させるために用意された傀儡なのではないか。

城下町からは、そんな噂すら聞こえてくる。

その空気を一番に危惧し手を打とうと動いたのはシリクス殿下だった。




「神器の見極め……ですか?」


「そうだ。今まで保管されてきた神器が本物かどうかなど確かめられる存在がいなかったからな。この際、国で保管している物以外に民衆からも募って神器を正式に選定しようと思う」



私の部屋にやってきた殿下はそう告げて、私に腕輪を差し出す。

銅色の細かい花の彫刻が綺麗な女性用の腕輪だ。

渡された意味が分からず首を傾げる私に、殿下は淡々と言葉を続けた。



「我が王家の家宝であるイルの腕輪だ。遠く神より賜った幸運の腕輪とされている。手始めにこの腕輪が本物の神器か選定しその力を引き出してはくれないか」



耳に届いた言葉に反応して私は目を見開く。

王家の家宝……それはすなわち国宝ということだ。

代々王家に大事にされてきた、それはそれは由緒正しき一品ということで。

それが本物なのか偽物なのか見極めろという殿下の言葉は、下手をすればそれをずっと守ってきた歴代国王様への不遜ともとられかねない。


それでもジッと私を見つめてくる殿下の圧に負けて、私はそっとその腕輪を手に取った。

そうすると、スッと腕輪から冷たい空気が流れてくるのが分かる。

同時に、彫刻されたその溝からほのかな光が見えた。


パキンッと音を立てて何かが辺りを覆うのが分かる。

顔を上げて周囲を見渡せば、腕輪を中心として私や近くにいた殿下を包み込むくらいの大きさの結界が張られていた。



「……これは、何だ」


もっとも、これが結界だと分かったのは私だけだったようだけれど。

透明な膜が円状に広がっているから何かが起きたことは分かるけれど、結界という言葉自体浸透していないらしい。

なぜ私には分かったのか、それは私でもわからない。

本能というしか思いつかなかった。



「結界、です。きっとこの膜の外からの攻撃は一切弾いてくれる仕組みなんだと思います」


「……攻撃を?」



聞かれたことに答えれば、殿下は怪訝そうにその膜を見つめる。

手を伸ばして膜に触れれば、触れるどころか膜の外へとその手は真っすぐ透過した。

尚更不審そうに見つめて、しかし確認せずにはいられなかったのか近くにいたユーグ兄様に視線を向けた。



「ユーグ、剣を膜に突き刺せ」


「剣を、ですか? しかし、殿下に剣を向けるようなことは」


「構わん、私が許可する」


「しかし」


「やらねば何も分からん、頼む」




何度かそんな会話を交わした後、兄様は少しずつ剣先を結界へと近づける。

迫ってくる剣先に思わず息を飲んでしまうのは、私だけ。

殿下はジッと真剣な眼差しで剣を見つめている。


そしてゆっくりと近づけられたそれが結界に到達したとき、兄様は目を見開いて固まった。




「剣が、通らない……?」


最初は恐る恐る、そして次第に強くその剣を押す兄様。

けれど膜からこちら側にそれが届くことはない。



「きっと、神様が愛する女性を守るために作られたものなんでしょうね」


「しかしこれは我がスフィード王家の始祖より伝わるもの。人間では神器は使えないはずだが」


「この腕輪、力を溜めることができるみたいです。おそらく神様が腕輪に力を溜めこみ持ち主に危機が訪れたとき自動発動するようにしたのかと」


「……お前」


「はい?」


「いや、何でもない。そうか、成程な」



神の遣いとしてこの王家に入ったからには、ちゃんと役に立たなければ。

それに、少しでも兄様に必要とされる自分でなければ傍にいられる理由を見出せなくなってしまう。

そう思っていた私はかなり必死だった。


元々の身分も学もない私がどれだけ不安定な立ち位置にいるのかくらい分かっているつもりだ。

黙ってこの力の上にあぐらをかいていれば、間違いなくそれは悪評に繋がり兄様の評価をも落としてしまう。

それだけは絶対に嫌だったから。

目の前のことに必死になりすぎるあまり、顔をわずかにしかめた殿下に気付けなかった。


とにもかくにもこの一件で私の力は再び真だと証明され、正式に国を挙げての神器の選定作業に入ることが決まった。

誰も何も言わなかったけれど、それがこの先やってくるであろう大戦の準備だということは察している。

より強大で有用な神器を集め他国を退かせる道具とするため。

私の存在をより広く信じさせ少しでも多数に畏れさせることによって他国をけん制するため。

国を広げる野心より国の水準を維持させることに注力するシリクス殿下の考えそうなことだった。


この大陸の2大国であるアギリアとクルクが争い始めたのがいつのことだか分からない。

そのちょうど中間地点に位置するスフィードは、両国と遠い関係で大国の影響が少なく恩恵もほとんど受けない。むしろ大国の目が遠いことでよく小さな争いごとに巻き込まれる立地だった。

しかしひとたびこの2国が戦争を起こすと、たちまちこの地は激戦地になる場所でもあった。

2国とほぼ同距離で通り道になる点と、水資源が豊かという点において、だ。

スフィードの歴史上でもどちらかの支配下に置かれていたという期間は決して短くない。


最貧最弱国と呼ばれ一向に国が育たなかったのは、そのような理由で何度も国を荒らされてきたため。



20年前にようやく休戦協定が結ばれた際、スフィードは当時支配していたアギリアから解放された。

その後シリクス殿下は陛下と共に国を立て直し、小競り合い程度では負けない程度の力を付け、荒れ果てていた国の基盤を構築し直した。

成長が見通せない不毛の地とまで言われたスフィードを中堅国にまで押し上げた殿下の力量は普通ではない。


けれど、それでもまだまだ大国に敵うだけのものは持っていない。

大戦に巻き込まれればただではすまないというのも明白で。

やっと、何とか国民が自活できる段階にまで基盤が安定してきたところだというのに。

殿下は起こりうる最悪の事態を恐れている。

だからこそ、今打てる手は全て打っておきたいのだろう。


……たとえば、その策が義妹の身を危うくさせるものだったとしても。




「私のことでまで葛藤しなくても良いのにな」



私の推測がどこまで正しいのかは分からない。

所詮最近覚えたての知識を引っ張り繋げただけの素人見解だ。

けれど、時々私に見せる鈍いような苦いようなそんな顔はどこかユーグ兄様と被って見えた。

罪悪感に染まる目が、特に。


きっと、殿下もユーグ兄様もそうやって何度も色々なものを呑み込んで生きてきた。

この国を、ここで生活する人々の身を守ろうと、色々なものを犠牲にしながら。

人の上に立ち人を導くということは容易じゃない、ましてや守るなんてもっと大変なことだ。

自分の力だけで生きることすらまともに出来ない私には考えも及ばないような苦労は山ほどあるのだろう。



「私は、駄目だな」



葛藤しながらも確実に前へ進む殿下や兄様を見て、そうやって落ち込むことは少なくない。

ただただ兄様の傍にいたくて、その苦しみを少しでも和らげたくて、それだけのために私はここにいる。

兄様に出会わなければ、この力を使おうとすら思わなかった。

ましてや国のためだなんて、そんな考え方私にはできない。

私と2人では考え方も、向く方向も天地ほど違う。

どうあがいたって私は2人のように誇り高くはあれない。


……でも、それでも。



「リリ、お疲れ様。皆驚いていたよ、さすがだね」


「兄様」


「疲れはないかい? 体調の悪いところは」



この優しい人を守りたい。

この人の願う未来を支えていきたい。

その想いだけは紛れもなく本物だから。



「大丈夫です、兄様。私、頑張ります! もっともっと兄様のお役に立ちますよ」


「……うん、ありがとう」



少しでも兄様に近づけるよう努力したいんだ。

必要とされなくなる日が少しでも、遠くなるように。

たとえばその日がわりとすぐに来てしまっても、最後の最後まで兄様に笑ってもらえる自分であれるように。







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